「電話しながらメモを取る」「会議中にチャットへ返信する」——マルチタスクが苦手で、周りは器用にこなしているのに自分だけができない、と感じていませんか。じつは実験研究の世界では、課題を切り替えるたびに、誰の脳にも時間的なコストが生じることが繰り返し示されてきました。この記事では、マルチタスクをめぐる研究を出典付きで整理し、どこまでが個人差の話でどこからが人間共通の話なのかを見ていきます。

自分を「要領が悪い」と責めてきた方へ。まずは脳が課題を切り替えるときに何が起きているかから見ていきましょう。

ルールを切り替えるたびに、コストが生じる

マルチタスクという言葉は、複数の作業を同時にこなしているような印象を与えます。しかし認知心理学の実験が示してきたのは、ルールの切り替えを伴う課題では、人は二つの課題を「同時に」処理しているのではなく、高速で「切り替えて」いるという姿です。

RubinsteinとMeyer、Evans(2001)は4つの実験を行い、参加者に課題を交互に切り替えさせる条件と、同じ課題を繰り返させる条件を比べました。図形を分類のルールに従って判断する課題や、演算のルールを切り替えながら計算する課題が使われています。

その結果、課題を交互に行うと切り替えにかかる時間的コスト(switching-time cost)が生じ、そのコストはルールが複雑になるほど大きくなり、どの課題をやるかの手がかりが示されると小さくなることが報告されました(Rubinstein, Meyer & Evans, 2001)。研究者らはこの結果から、切り替えには「目標の切り替え(いまはこっちをやる)」と「ルールの起動(あっちのルールを切ってこっちを入れる)」という二つの段階があるという枠組みを提示しています。

編集部では、この知見の含意はこう考えています。マルチタスクのコストは、あなたの能力不足の証拠ではなく、課題を切り替えるという行為そのものに最初から埋め込まれた仕様だということです。「切り替えが遅い自分」を責める前に、切り替えの回数そのものを減らせないかを考えるほうが理にかなっています。

職場の仕事は、細切れに中断されている

実験室を離れた職場ではどうでしょうか。Markら(2005)は、ある企業の情報労働者24名(管理職7名・アナリスト9名・開発者8名)の働き方を詳細に観察し、仕事がどれほど細切れになっているかを記録しました。

報告されたのは、人々は一つの作業に平均11分ほどしか留まらずに次へ移り、作業の57%が中断されているという実態です。中断された作業の77%はその日のうちに再開されますが、再開までのあいだに人々は平均で2つ以上の別の作業に手をつけていました。著者らは、この「あいだに挟まる作業の多さ」にこそ復帰の認知的なコストがあると論じています(Mark, Gonzalez & Harris, 2005)。

これは単一企業の24名を対象とした観察研究であり、実験のように原因と結果を切り分けたものでも、あらゆる職場を代表するものでもありません。それでも、切り替えコストの実験知見と方向性が一致している点は注目に値します。集中が細切れになる悩みについては集中力が途切れる原因と取り戻し方もあわせてどうぞ。

「マルチタスクをよくする人は注意力が低い」——有名研究と、その後

ここからは慎重に読む必要があります。マルチタスクと注意の関係といえば、Ophirら(2009)のPNAS論文が広く知られています。この研究が測ったのは「マルチタスクの能力」ではなく、日常でどれだけメディアを並行使用しているかという「頻度」である点を、先に押さえておいてください。

彼らはメディア・マルチタスク指標という尺度で参加者を「ヘビーなメディア・マルチタスカー」と「ライトなメディア・マルチタスカー」に分け、認知課題の成績を比べました。結果は、ヘビーな層のほうが無関係な外部刺激や記憶内の無関係な情報からの干渉を受けやすく、課題切り替えの成績も悪かったというものです(Ophir, Nass & Wagner, 2009)。「マルチタスクをよくする人ほど、じつは注意の制御が苦手」という意外な結論として、大きく報じられました。

ところが、この話には続きがあります。WiradhanyとNieuwenstein(2017)は、2つの追試とメタ分析で、このうち**「メディア・マルチタスクの頻度が高い人ほど無関係な情報を排除しにくい」という部分を検証しました。追試で行われた14の検定のうち、予測どおりの有意な結果が出たのは5つだけ。さらに保守的なベイズ分析では2つしか残りませんでした。そして39の効果量を集めたメタ分析では、当初こそ弱いながら有意な関連が見られたものの、出版バイアスを補正すると有意でなくなった**のです。著者らは、実験室の課題においてメディア・マルチタスクと注意の散りやすさの関連が存在するのかどうか、疑う理由があると結論づけています(Wiradhany & Nieuwenstein, 2017)。

編集部では、この経緯こそ読者に伝えたい部分だと考えています。「マルチタスク好きな人は注意力が低い」という有名な話は、その後の検証で足元が揺らいでいる。ひとつの目を引く研究結果が独り歩きし、あとから再現性が問われる——研究の世界ではよくある展開です。だからこそ、この記事でも「あなたのマルチタスク能力はこのタイプ」といった断定はしません。

では、何が言えるのか

ここまでの整理をまとめると、確からしさには段階があります。

  • 確からしい: 課題を切り替えると時間的コストが生じ、ルールが複雑なほどコストは大きい(Rubinstein et al., 2001/複数実験)
  • 方向性として支持される: 職場の仕事は中断されやすく、復帰までに別の作業が挟まる(Mark et al., 2005/単一企業24名の観察研究)
  • 揺らいでいる: メディア・マルチタスクの頻度と注意の散りやすさの関連(Ophir et al., 2009 の知見は Wiradhany & Nieuwenstein, 2017 のメタ分析で疑問視)

つまり、切り替えにコストがかかること自体は人間に共通しており、「マルチタスクが苦手」という感覚は多くの人に当てはまる自然なものです。一方で、「メディアを多く並行使用する人ほど注意が散りやすい」という関連については、少なくとも実験室の課題では思われていたほど確かではありません。なお、この検証が扱ったのはあくまで「メディア・マルチタスクの頻度と注意の散りやすさの関連」であり、「マルチタスク能力そのものに個人差があるか」を否定したものではない点には注意が必要です。

自分の性格や気質を仕事の向き不向きと結びつけて考えたい方は、性格は変えられるのかを研究から整理した記事や、性格特性の枠組みであるビッグファイブの解説も参考になります。

研究をふまえた、現実的な工夫

以上をふまえた向き合い方を、あくまで選択肢として整理します。

  • 切り替えの「回数」を減らす:切り替えコストは人間共通の仕様。速く切り替える訓練より、切り替えずに済む時間をつくるほうが理にかなっています
  • 手がかりを用意しておく:どの課題をやるかの手がかりがあると切り替えコストは下がる(Rubinstein et al., 2001)。作業を中断するとき「次はここから」とメモを残すのは、この意味で合理的です
  • ルールが複雑な作業ほど、まとめて:コストはルールの複雑さとともに増えます。頭を使う作業を細切れの隙間に押し込むのは、最も割の合わない使い方です
  • 「並行できない自分」を責めない:少なくともルールの切り替えを伴う課題では、脳は同時にこなしているのではなく切り替えています。コストが生じるのが標準です
  • 通知という中断源を減らす:仕事は中断されやすい(Mark et al., 2005)。通知を切る時間帯をつくるだけでも、切り替え回数は減ります

注意の集中と脳の覚醒水準についての解説も、自分に合う環境を考えるヒントになります。

環境そのものが合わないと感じるときは

工夫を重ねても、割り込みが常態化した職場や、細かなマルチタスクが絶えず求められる業務では、消耗が続くことがあります。これは能力の問題というより、仕事の設計とあなたの働き方の相性の問題かもしれません。

編集部では、環境を変える選択肢を持っておくこと自体が、心の余裕につながると考えています。まとまった時間で深く取り組む仕事もあれば、絶えず切り替えを求められる仕事もあります。自分に合う環境を探したい方は、内向的な気質の人に向いた転職サイト・エージェントの選び方にまとめています。

なお、集中の続かなさや物忘れが日常生活に大きな支障をきたしている、強い不安や気分の落ち込みを伴う——そうした状態が続く場合は、自己判断で「性格のせい」と片づけず、心療内科・精神科などの専門家に相談する選択肢があります。働く人であれば厚生労働省のこころの耳で相談窓口の情報を調べられます。

よくある質問(FAQ)

Q. マルチタスクが苦手なのは能力が低いからですか? A. そうとは言えません。実験研究では、課題を切り替えるたびに誰にでも時間的なコストが生じることが示されています(Rubinstein, Meyer & Evans, 2001)。ルールの切り替えを伴う課題では、脳は複数の課題を同時処理しているのではなく高速で切り替えているため、「苦手」と感じるのはむしろ自然です。

Q. マルチタスクが得意な人はいるのですか? A. この記事で扱った研究からは断定できません。よく知られているOphirら(2009)の研究は「メディアを多く並行使用する人ほど注意の制御が苦手」という、頻度と注意の散りやすさの関連を報告したものですが、その後の追試とメタ分析では、出版バイアスを補正すると関連が有意でなくなったと報告されています(Wiradhany & Nieuwenstein, 2017)。ただしこれは「関連」についての検証であり、「マルチタスクの得意・不得意という能力差が存在しない」ことを示したものではありません。能力差の有無は、この記事で扱った出典からは判断できない、というのが正確なところです。

Q. 訓練すればマルチタスクは上達しますか? A. 切り替えコストそのものをゼロにできるという知見は確認できていません。研究からは、速く切り替える訓練より、切り替えの回数を減らす・手がかりを残すといった工夫のほうが現実的だと考えられます。

Q. 集中したいのに何度も話しかけられます。 A. 職場の仕事はもともと中断されやすいことが報告されています。ある観察研究では、作業の57%が中断され、中断された作業に戻るまでに平均2つ以上の別の作業を挟んでいました(Mark, Gonzalez & Harris, 2005)。あなたの集中力の問題ではなく、環境の設計の問題である可能性があります。通知を切る時間帯を設けるなど、中断源を減らす工夫から試してみてください。

Q. 「ながら作業」は絶対に避けるべきですか? A. 一律に「すべきでない」とは言えません。ルールが単純で手慣れた作業なら切り替えコストは小さくなります(Rubinstein et al., 2001)。コストが大きいのは複雑で不慣れな作業を切り替えるときなので、そこだけまとまった時間を確保できれば十分かもしれません。

まとめ

マルチタスクが苦手なのは、あなたの要領が悪いからではありません。実験研究は、課題の切り替えには時間的コストが伴い、そのコストはルールが複雑なほど大きくなることを示しています(Rubinstein, Meyer & Evans, 2001)。ルールの切り替えを伴う作業では、脳は同時処理ではなく切り替えを行っているのですから、コストが生じるのはむしろ標準です。

一方で、「メディアを多く並行使用する人ほど注意が散りやすい」という有名な知見(Ophir et al., 2009)は、その後のメタ分析で疑問視されており(Wiradhany & Nieuwenstein, 2017)、断定できる段階にはありません。編集部では、自分をタイプ分けして落ち込むよりも、切り替えの回数そのものを減らせる環境をどう作るかに目を向けるほうが、研究の知見にも沿った実りある問いだと考えています。