「すごいね」と言われた瞬間、口が勝手に「いやいや、たまたまで」と動いている。相手はまだ言い終えてもいないのに、こっちはもう半歩後ずさりしている。あの反射、私も長いこと直せなかった。褒められたお礼を言うだけの、たった数秒。それがどうしてこんなに難しいんだろう。

先に言っておくと、これは性格が悪いからでも、卑屈だからでもない。心理学の研究では、人は自分の自己評価と一致する情報を心地よく感じ、ずれる情報には落ち着かなさを覚えやすいことが示されてきた。つまり、褒め言葉に居心地の悪さを感じるのは、心の仕組みとしてわりと自然なことなのだ。ここでは、その「受け取れなさ」の正体を研究からたどっていく。

「褒められるのが苦手」は珍しいことではない

褒められたときの反応は、本当に人それぞれだ。素直に「わーい」と喜べる人もいれば、居心地が悪くなって話題ごと変えたくなる人、「本当はそんなことない」と条件反射で打ち消す人もいる。私は完全に後者の側だった。

ここで押さえておきたいのは、褒め言葉への反応が性格の良し悪しではなく、自分をどう見ているか(自己評価)との関係で説明されやすい、ということ。自分に厳しい見方をしている人ほど、外から届く肯定的な言葉が「自分の実感」とずれて感じられ、そのずれが居心地の悪さになる。意志の弱さの問題ではない。

なぜ褒め言葉は「ずれ」として感じられるのか

心理学には、人は自分がすでに持っている自己像を確かめられる情報を好みやすいという「自己確証(self-verification)」の考え方がある。次に紹介する研究も、この発想にもとづいている。ポジティブな自己像を持つ人は肯定的な評価を心地よく受け取りやすい。一方、自分を低く見ている人にとっては、肯定的な評価がかえって「自分の感覚と食い違うもの」として不安を呼ぶ。

この食い違いを正面から扱った研究がある。Marigoldら(2007)は、自己評価が低めの人が恋人からの褒め言葉をどう受け取るかを調べた。実験では、褒め言葉をより抽象的な意味(「これは相手が自分をどう見ているかを表している」)として捉え直すよう促されると、自己評価が低めの人でも褒め言葉をより肯定的に感じ、関係への安心感が高まり、その効果は2週間後にも見られたと報告されている(Marigold, Holmes & Ross, 2007)。

ここから先は研究というより私の受け取り方だが、「褒められるのが苦手」の裏には、自己評価と肯定的な言葉のあいだの摩擦がある。そして受け取り方の枠組みしだいで、その摩擦は少しやわらぐ。そういうことなのだと思う。もっとも、これは特定の状況を扱った一つの研究であって、すべての人・すべての場面に当てはまると断定できるわけではない。

「ポジティブに考えれば元気が出る」とは限らない

「褒められたら素直に喜べばいい」「自分で自分を励ませばいい」——この手のアドバイス、耳にタコができるほど聞いてきた。でも、肯定的な言葉が誰にでも効くわけではないことも、研究は示している。

Woodら(2009)は、「私は愛される人間だ」といった肯定的な自己陳述を繰り返す実験を行った。その結果、自己評価が高い人ではわずかに気分が上向いた一方、自己評価が低い人ではむしろ気分が下がったと報告されている(Wood, Perunovic & Lee, 2009)。研究者たちはこれを「power for some, peril for others(ある人には力に、別の人には害に)」と表現した。

正直、この結果には救われた気がした。落ち込んでいる夜に鏡の前で「私はできる」と唱えて、余計にむなしくなった経験があるからだ。無理に前向きな言葉を自分に言い聞かせても、うまくいかないときはいかない。うまく喜べない自分を責めなくていい——そう考えるほうが、よほど現実的だと思う。自己評価との向き合い方については内向的な気質と自己肯定感の高め方もあわせてどうぞ。

「みんなが見ている」感覚はやわらげられる

褒められたときに強く照れたり、うろたえたりする背景には、「注目されている」という感覚もある。人前で褒められると、自分の反応がぜんぶ見られている気がして、いっそう身がすくむ。あの、顔が赤くなっていないか気にして余計に赤くなる悪循環。

ここで効いてくるのが「スポットライト効果」だ。Gilovichら(2000)は、人は自分の言動や見た目が他人にどれだけ注目されているかを過大評価しがちであることを実験で示した(Gilovich, Medvec & Savitsky, 2000)。要するに、周囲は自分が思うほどこちらの一挙一動を見ていない。

これは覚えておくと効く。「褒められてうまく返せなかった」あの気まずさも、相手はあなたほど強く覚えていない。ぎこちなくたっていい。気の利いた返しをひねり出そうとせず、「ありがとうございます」と一言だけ。その最小限から始めれば十分だ。人からの言葉に敏感に反応しやすい背景については感受性が強いとは何かを研究から整理した記事も参考になる。

受け取り方を少しずつ広げる

褒められるのが苦手なままでも、生活に困っていないなら、無理に「褒め上手に喜べる人」になる必要はない。ただ、褒め言葉を反射的に打ち消し続けると、相手に「否定された」と感じさせてしまうこともある。少しずつ受け取り方の幅を広げたいときのヒントを、研究の示唆をふまえて挙げておく。

  • まず一言だけ受け取る:内容に納得できなくても、「ありがとうございます」とだけ返す。評価を全部受け入れなくていい
  • 相手の気持ちとして捉える:「正しいかどうか」ではなく「相手が自分をそう見てくれた」という事実として受け取る(Marigoldらのリフレーミングに近い発想)
  • 打ち消しの言葉を保留する:「そんなことないです」が出そうになったら、いったん飲み込む
  • 無理に自分を褒め返さない:自己評価が低いときの過剰な自己肯定は逆効果になりうる(Woodら)から、等身大の言葉で十分

このあたりは義務ではなく、あくまで引き出しの中身だ。どれか一つ、やりやすそうなものだけでいい。断ることや境界線に関する悩みは罪悪感なく断るコツを整理した記事ともつながる。

つらさが続くときは、抱え込まないで

褒められるのが苦手なこと自体は、多くの人が程度差で持つ個人差であり、病気ではない。ただし、人からの評価が気になりすぎて眠れない、自分を責める気持ちが強く続く、人と会うのがつらいほど緊張する——そうした状態が長引く場合は、社交不安などが背景にあることもある。

強い不安や気分の落ち込みが日常生活に支障をきたしているときは、気質の問題として一人で抱え込まず、心療内科・精神科やカウンセリングなど専門家に相談する選択肢がある。厚生労働省のこころの耳では、働く人向けの相談窓口の情報も見られる。「性格だから仕方ない」と我慢し続ける前に、相談先を一つ持っておくと安心だ。

なお、こうした敏感さや自己評価の傾向を「HSP」という一つのラベルで説明しきれるわけではない。HSPは研究の世界では今も検証が続く概念であり、確定した診断名ではない(飯村, 2023)。詳しくは用語辞典のHSPの項目を見てほしい。

よくある質問(FAQ)

褒められて否定してしまうのは、謙遜だから良いことですか?

日本では謙遜が礼儀とされる場面もあり、一概に悪いわけではありません。ただ、反射的な打ち消しが習慣になると、相手の気持ちを受け取れなかったり、自分の自己評価を下げ続けたりすることもあります。「ありがとうございます」と一言だけ受け取る形なら、謙虚さと受け取りやすさを両立できます。

褒められるのが苦手なのは自己肯定感が低いからですか?

自己評価の低さは関わりやすい要因の一つですが、それがすべてではありません。褒め言葉を居心地悪く感じる人が、必ずしも自己評価が低いとは限らないのです。「苦手=自己肯定感が低い」と決めつけず、傾向の一つとして眺めるのが現実的です。

無理にでもポジティブに考えたほうがいいですか?

必ずしもそうとは言えません。Woodら(2009)は、自己評価が低い状態で肯定的な自己陳述を繰り返すと、かえって気分が下がる場合があることを示しました。無理な前向きさより、等身大の言葉で少しずつ受け取る練習のほうが負担が少ないと考えられます。

どうすれば褒め言葉を素直に受け取れるようになりますか?

「内容が正しいか」ではなく「相手が自分をそう見てくれた」という事実として捉え直すと、受け取りやすくなることが研究から示唆されています(Marigoldら, 2007)。まずは打ち消しを保留し、一言だけ返すところから始めてみてもいいかもしれません。

まとめ

褒められるのが苦手なのは、性格の欠点ではない。自分の自己評価と、外から届く肯定的な言葉とのあいだにずれが生じやすいという、心の仕組みに近いものだ。自己確証の考え方や、肯定的な言葉が誰にでも効くとは限らないという研究(Wood, Perunovic & Lee, 2009)は、うまく喜べない自分を責める必要がないことを教えてくれる。

褒め上手を目指さなくていい。「ありがとうございます」と一言だけ受け取る。相手の気持ちとして捉え直す。私はこの二つを覚えてから、あの数秒がずいぶん楽になった。反射で後ずさりする前に、まず一歩だけ、その場にとどまってみる。始まりはそれで十分だと思う。