好きな人と暮らしているのに、玄関の鍵が回る音でわずかに身構える。この感覚を誰かに説明しようとすると、たいてい失敗する。「仲が悪いの?」と聞かれ、そうじゃない、と答えて、そこで話が止まる。
「人と暮らせない」という言葉には、実際にはかなり違う中身が混ざっている。相手との関係が苦しい場合もあれば、関係は良好なのに空間のほうが苦しい場合もある。後者は言語化しづらい。誰も悪くないのに消耗していく、という形をしているからだ。
この後者について、研究が何を言えて何を言えていないのか、出典をたどって整理してみたい。結論を先に言うと、扱われているのは人柄ではなく、空間と、自分で決められる度合いのほうだった。

WHOのガイドラインは、住まいの過密を健康の問題として扱っている
住まいの混み具合と心の状態の関係は、思想や好みの話ではなく、公衆衛生の文書に載っている論点だ。
WHOが2018年に公表した『Housing and Health Guidelines(住まいと健康に関するガイドライン)』には、household crowding(世帯の過密)という章がある。ここでは各種の健康アウトカムについて系統的レビューが行われ、精神的健康については13本の研究が特定された。
内訳が率直だった。8本が何らかの有意な関連を報告しており、心理的苦痛、アルコールの問題、抑うつ感、自分の健康への不満などが挙げられている。ただしこの8本のうち1本は逆向きで、過密が精神障害の有病率の低さと関連していた、という横断研究だ。そして残る5本は関連を見いだせていない。
そのうえでガイドラインは、過密と精神的健康の関連についてのエビデンスの確実性を「中〜低」と評価している。総括の段落では、結核と下痢症が「高」、結核以外の呼吸器感染症が「中〜高」と置かれており、精神的健康は「その他の感染症」と同じ「中〜低」の水準にある。つまり感染症一般より弱いというより、確実性の高い項目群からは一段下がる、という位置づけになる。
なお、勧告そのものは「世帯の過密を防ぎ減らすための戦略を策定し実施すべき」という強い勧告として出されている。ただしこれは精神的健康だけを根拠にしたものではなく、すべての健康アウトカムを合わせた重みによるものだ——精神的健康に関する確実性は中〜低にとどまる、という但し書きつきで。
ここは正確に受け取りたいところだ。「過密は心を壊す」と言い切れる強さのエビデンスではない。それでも、住まいの物理的な条件が心の状態と結びつきうることは、国際機関のガイドラインが取り上げる程度には確からしい、というのが現在地になる。
北京の1,613人が示した、「どのストレスが増えるのか」
もう一歩、具体的なところを見たい。WangとLiuが2022年に公開し、のちに『Urban Studies』誌に掲載された研究は、中国・北京の住民1,613名の調査データを分析したものだ(対象は北京の戸籍を持つ18〜59歳で、出稼ぎ層は含まれない)。
過密の測り方を二つ用意しているのが特徴で、一人あたりの平方メートル数と、寝室あたりの人数の両方で見ている。そのうえで抑うつリスクとの関連と、そこに至る経路を検討した。なお抑うつはCESD-10というスクリーニング尺度の陽性(該当者は5.5%)で測られており、臨床診断ではない。
消去法で残ったのが「住空間に固有のストレス」だった
結果として、混み合った場所に住んでいることは抑うつリスクの高さと有意に関連していた。
問題はその経路だ。著者らは三つの仮説を立て、統計的に絞り込んでいる。まず「生活全般のストレスが媒介している」という仮説は、Sobel検定で媒介効果が確認できず退けられた。次に「過密が生活ストレスの影響を強める」という調整効果の仮説も、交互作用項が有意にならず退けられている。そのうえで著者らは、残る説明として住空間に固有のストレス(living space-specific stress)を通じた経路が最も可能性が高いと結論している。
ここは正確に読んでおきたい。この経路そのものを測る変数は用意されておらず、消去法による推論である。数値として出ているのは、生活全般のストレスによる媒介が確認できなかった、という否定のほうだ。
それでも、この切り分けは個人的にいちばん腑に落ちた部分だった。「人生が大変だから家でもしんどい」という説明が、少なくとも一つの調査では支持されなかった、という事実は残る。
関連がより強く出たサブグループとして、女性、子どもと同居している人、同居の親がいない人、非市場的な住宅(公的供給などの住戸)に住む人が挙げられている。
ただし、これは横断的な調査データにもとづく一つの研究だ。過密が抑うつを引き起こす、という因果を確定させたものではない(例えば、収入の低さが狭い住居と心の不調の両方に効いている可能性は残る)。北京という特定の都市の住宅事情を背景にしている点も、そのまま日本の同居生活に重ねるには慎重さが要る。
「一人になりたい」は、内向的だからではないらしい
ここまでは空間の話だった。では、一人の時間を必要とする度合いの個人差はどう説明されているのか。
多くの人が当然のように結びつけている「内向的だから一人が好き」という説明に、真正面から反証を出した研究がある。Nguyen、Weinstein、Ryanが2022年に『PLoS ONE』誌に発表した二つの日誌研究だ(分析対象は研究1が183名、研究2が270名の大学生。性格尺度に回答したうえで、研究1は7日間、研究2は平日5日間の毎日の調査に答える設計)。
内向性は、一人時間の楽しさを予測しなかった
論文の結論として報告されているのは、内向性は一人でいることへの選好も動機づけも予測しなかったという結果である。内向的であることと、一人の時間を楽しめることのあいだに、有意な結びつきは見いだされなかった、と著者らは述べている。
代わりに一貫して効いていたのが、自律的な機能(dispositional autonomy)——自分との一致感や興味から行動を調整し、圧力に押されていない状態にある傾向——だった。これは「一人の時間に価値を見いだして自ら望む」という自己決定的な動機づけを、二つの研究を通じて予測している。一方で、「人といるより一人でいたい」という単純な選好のほうは予測しなかった。なお論文自身が、この予測力の効果量は小さいと明記している点は添えておきたい。
つまり研究が区別しているのは、同じ「一人でいる」でも、自分で選んだ一人なのか、そうでないのかという軸のほうだ。
ここから先は私の受け取り方になるが、同居がしんどくなる場面を思い返すと、確かに時間の長さより「選べたかどうか」のほうが効いている気がする。二時間ひとりで過ごせた日でも、それがいつ終わるか分からない二時間なら、あまり回復しない。逆に三十分でも「この三十分は誰も入ってこない」と分かっていれば、ちゃんと軽くなる。
この記事の一行目に書いた、鍵の音に身構える感じ。あれはたぶん、時間そのものではなく、終わりを自分で決められないことへの反応なのだと思う。
感受性の個人差は、良い環境でも効く
もう一つ、下地として押さえておきたい研究がある。Grevenらが2019年に『Neuroscience & Biobehavioral Reviews』誌に発表した批判的レビューは、感覚処理感受性を「環境感受性」というより広い枠組みのなかに置き直したものだ。
この枠組みで重要なのは、感受性が高いことが不利な環境で悪影響を受けやすいだけでなく、良い環境から利益を得やすいことも含む、という両面性で捉えられている点だ。悪い方向にだけ振れる脆弱性としては扱われていない。
同時にこのレビューは、この領域が抱える課題——測定尺度の構造をめぐる議論や、他の特性との重なりの問題など——も率直に整理しており、確立された分類として扱える段階にないことを示している。
だから、この記事は読んでいる人が「感受性が高い側かどうか」を判定しない。判定できるだけの土台が、まだ研究の側にないからだ。言えるのは、同じ間取り・同じ同居人でも受け取る負荷は人によって違いうる、というところまでになる。
空間より先に、「予測できること」を作る
ここからは研究の要約ではなく、上の整理から私が引き出した見方だ。
引っ越しや間取りの変更は、効くとしてもすぐには手が出ない。先に触れるのは、自律性のほう——いつ・どこで一人になれるかが予測できる状態を作ることだと思う。
家のなかで完全な個室が取れなくても、「平日の夜21時から30分は寝室にいる」と決めて共有しておくだけで、性質はかなり変わる。相手にとっても、これは拒絶ではなく予定になる。同居人との関係を守りながら距離を取る言い方については、罪悪感なく「NO」を伝えるコツや家族に理解されないときの伝え方のほうで具体的に扱っている。
音が主な負荷になっているなら、耳の側で境界を作る方法もある。この領域は道具ごとに検証状況が違うので、耳栓の効果はどこまで示されているかを先に読んでもらうほうが早い。
そして、気分の落ち込みや不眠が数週間続いていたり、日常生活に支障が出ていたりする場合は、間取りの工夫の前に医療につながってほしい。精神科や心療内科の受診が第一で、どこに相談すればいいか分からなければ、厚生労働省のこころの耳に相談窓口の情報がまとまっている。住環境と抑うつ症状は研究のうえで関連が報告されている領域だが、だからといって目の前の不調の原因を住まいだと決めつけるのは危険だ。死にたい気持ちが出ているときは、住まいの話は後回しにして、いのちの電話などの緊急の窓口を使ってほしい。
よくある質問(FAQ)
誰かと暮らすのがつらいのは、私の性格に問題があるからですか?
その問いに答えられる研究は見当たりませんし、この記事も読み手を判定する立場を取りません。ただ、参考になる知見はあります。Nguyenらの2022年の二つの日誌研究(分析対象183名・270名)では、内向性は一人でいることへの選好も動機づけも予測しないと結論されました。予測していたのは自律的な機能——自分との一致感から行動を調整する傾向——のほうです(ただし効果量は小さいと論文自身が述べています)。一人の時間を必要とすることと、内向的な性格であることは、この研究では結びついていませんでした。性格の問題として捉えるより、空間と自律性の条件として捉えるほうが、手を打てる範囲は広がります。
狭い家に住んでいると気持ちが沈みやすくなるのですか?
関連は報告されていますが、確実性は高くありません。WHOの『Housing and Health Guidelines』(2018)の世帯の過密に関する章では、精神的健康について13本の研究が特定され、うち8本が何らかの有意な関連を報告する一方(そのうち1本は、過密が精神障害の有病率の低さと関連するという逆向きの結果です)、5本は関連を見いだしていません。ガイドライン自身がこの領域のエビデンスの確実性を「中〜低」と評価しています。WangとLiuの北京の研究(1,613名)では、混み合った住まいと抑うつリスクの有意な関連が報告されました。ただし経路については、生活全般のストレスによる媒介が統計的に否定された結果として「住空間に固有のストレス」が最も可能性が高いと推論されたもので、その経路自体が直接測定されたわけではありません。横断データにもとづく単一研究であり、因果を確定するものでもありません。
一人の時間はどれくらい取れば足りますか?
必要な量を示した基準は、ここで扱った研究の範囲では見当たりませんでした。むしろNguyenらの研究が区別しているのは量ではなく質のほうで、一人の時間を自ら望んで価値を見いだす自己決定的な動機づけと、単に人といるより一人がいいという選好が、別々のものとして扱われています。前者を予測したのは自律的な機能でした。ここから先は私の見方になりますが、時間数を決めるより「いつ終わるかが自分で分かっている時間」を確保するほうが、実感としては効きます。
同居人に「一人になりたい」と伝えると関係が悪くなりませんか?
伝え方と関係の変化を検証した研究を、今回の調査では確認できませんでした。ですので以下は研究の裏づけではなく整理としての提案です。ここまで見てきた知見で一貫していたのは、負荷の中心が相手の存在そのものではなく、空間の条件と自分で決められる度合いにあったことです。だとすれば、伝える内容を「あなたといるのがつらい」ではなく「この時間はこの部屋にいる」という予定の共有に置き換えられます。拒絶ではなく段取りとして扱うほうが、実際の会話としても運びやすいはずです。
感受性が高い人は一人暮らしのほうが向いているのでしょうか?
その比較を検証した研究は見当たりません。加えて、そもそも「感受性が高い人」を確立された分類として扱える段階にないことに注意が要ります。Grevenらの2019年の批判的レビューは、感覚処理感受性を環境感受性という広い枠組みに置き直したうえで、測定尺度の構造や他の特性との重なりをめぐる未解決の課題を整理しています。またこの枠組みでは、感受性の高さは不利な環境で影響を受けやすいことだけでなく、良い環境から利益を得やすいことも含めて捉えられています。住まいの形を気質から一律に決められる、という結論にはなりません。
同居のしんどさを口に出すのが難しいのは、それが誰かを責める言葉に聞こえてしまうからだと思う。実際には、相手のことは好きなままなのに。
研究のほうは、そのあたりをずいぶん淡々と扱っている。住まいが混み合っていることと心の状態には関連が報告されていて、ただしその確実性は中〜低で、効いている経路は住空間に固有のストレスらしい。そして一人の時間を求めることは、内向的な性格から予測されるものではなかった。
この整理が誰かを楽にするとしたら、たぶん「自分がおかしいのか」という問いを、「この家のどこで、いつ、ひとりになれるか」という問いに置き換えられるところだと思う。後者のほうが、ずっと答えを出しやすい。