書店の心理・自己啓発の棚に、「繊細さん」の本が固まって置かれている一角がある。表紙はどれもやわらかい色で、帯の文言も似ている。そこに立って十分ほど迷った末、結局なにも買わずに出てきたことが私にはある。どれも良さそうに見えるのに、どれが自分に必要なのかが分からなかった。
あとから気づいたのは、あの棚には性格のまったく違う本が混ざっているということだ。概念の出どころを説明する本、明日の困りごとに手を貸す本、そして「繊細さん」という言葉の流行そのものを検証している本。同じ棚にあるだけで、狙いも、研究との距離も違う。

選ぶ前に、いまの研究の位置を押さえておく
本を比べる物差しになるので、先に背景を短く。
「繊細さん」の下敷きになっているのは、心理学でいう感覚処理感受性(sensory processing sensitivity)という個人差だ。1997年にAron夫妻が提案したもので、その最初の報告の時点ですでに、この特性は社会的内向性や情動性とは「部分的に」独立していると位置づけられていた。繊細さと内向性は、重なるが同じではない、ということだ。
2019年、Grevenらはこの領域を横断的に批判的レビューし、感覚処理感受性を「ありふれた、遺伝的に受け継がれ、進化的に保存されてきた特性」で、ネガティブな環境にもポジティブな環境にも強く反応する感受性の個人差だと整理した。同時に、研究課題として測定方法の信頼性を高めること、他の気質・人格特性ときちんと区別すること、そして連続的な特性なのかカテゴリー的に区切れるものなのかを挙げている。つまり、まだ決着していない部分がはっきり残っている。
そこに関わるのが2018年のLionettiらの研究だ。アメリカの大学生(平均19.20歳、女性62.3%)を対象に潜在クラス分析を行ったところ、3つの群——低感受性がおよそ30%、中程度がおよそ40%、高感受性がおよそ30%——が得られた。別の417名でも同じ3群が確認され、さらに別の503名では解の形こそほぼ同一だったものの、統計指標は3群を明瞭には支持しなかったと報告されている。著者らの述べ方も慎重で、これらの群は全般的な感受性の連続体に沿って並んでいるように見え、その感受性自体は量的で正規分布する特性であるように見える、という留保付きの書き方をしている。
一定の再現はあるが、揺れも残っている。対象はいずれも大学生集団でもある。そして何より、これは集団を統計的に区切った線であって、誰かを判定するための基準ではない。
そして押さえておきたいのが、発達心理学者・飯村周平氏の指摘だ。氏は明快に、「HSPは心理学に基づく概念であって、発達障害や精神疾患のような診断のための概念ではありません」と述べている。この一線が曖昧になると何が起きるかも、具体的に挙げられている。「HSPを治療する」と謳って根拠の乏しい治療を勧めるクリニック、専門性の不確かな「HSP専門カウンセラー」、高額セミナー。さらには、生きづらさを抱えた人をターゲットにするマルチ商法やカルト団体まで。
概念そのものをもう少し丁寧にたどりたいなら繊細な人とは何かと用語辞典にまとめてある。HSPという呼び名がどういう位置にあるかも、そちらに整理した。ネットで見かける「あるある」が研究とどこまで合うかは別記事で突き合わせた。ここから先は、本の話に戻る。
タイプ①:概念の出どころを確かめる本
まず、話の起点を自分の目で見る本。
エレイン・N・アーロン『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』(冨田香里訳)は、感覚処理感受性という概念を提案した研究者自身が一般向けに書いた本の翻訳だ。原著は『The Highly Sensitive Person』。邦訳は2000年12月に講談社から出て、2008年3月にソフトバンククリエイティブから文庫化されている(リンク先は入手しやすい文庫版)。日本語圏で「HSP」という言葉が広まる出発点になった一冊と言っていい。
読み方には少しコツが要ると思っている。この本が書かれたのは1990年代で、その後の研究——たとえば前述のGrevenらのレビューやLionettiらの分類研究——は、ここから四半世紀ぶんの蓄積を経ている。だから「最新の科学的結論」として読むのではなく、この考え方がどこから来たのかを確かめる資料として読むのが誠実だと思う。出発点を知っておくと、あとで別の本を読んだときに「これは原典の話なのか、著者独自の展開なのか」が見分けやすくなる。
タイプ②:明日の困りごとに手を貸す本
概念より先に、目の前のしんどさをどうにかしたい。そういう時期があるのは自然なことだ。
武田友紀『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』(飛鳥新社・2018年7月/リンクは電子版)は、いま検索窓に打ち込まれている「繊細さん」という呼び方が、そのまま書名から来ている一冊だ。著者は公認心理師の資格を持ち、HSP専門カウンセラーを名乗って活動している。
——ここで、前の節に書いた飯村氏の指摘との整合が気になった人がいるかもしれない。氏が問題にしているのは「専門性の不確かな」カウンセラーであって、カウンセラーという肩書そのものではない。だから資格や経歴が確認できるかどうかを見る、という話に落ちる。名乗りだけで判断せず、裏づけを見る。それだけのことだ。
根本裕幸『敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法』(あさ出版)は、1日目から7日目までのステップに沿って手を動かしていくワーク形式。読んで終わりにしたくない人、書きながら考えたい人向きだ。
この種の本と付き合うときに、私が自分に言い聞かせていることがひとつある。実用書の提案は、研究で検証された介入とイコールではない。効果が確かめられていないという意味ではなく、そもそも別の種類のものだということだ。著者の臨床経験や実感から出てきた工夫は、合う人には即座に効く。ただ、合わなかったときに「自分が悪い」と受け取る必要はまったくない。試して、残して、捨てる。それでいい。
タイプ③:ブームそのものを検証する本
そして、あまり平台の目立つ場所には積まれないけれど、私がいちばん人に勧めたいのがこのタイプだ。
飯村周平『HSPブームの功罪を問う』(岩波ブックレット1074・2023年1月)は、88ページの薄いブックレットだ。著者は思春期・青年期の環境感受性を研究してきた発達心理学者で、現在は創価大学教育学部の准教授(本書の刊行時は同学部の専任講師)。岩波書店の紹介文は「人々の生きづらさを表し共感をよんだHSP(敏感すぎる人)という言葉。広がる誤解や濫用の実態とは。」となっている。
「せっかく自分を説明してくれる言葉を見つけたのに、水を差されるのでは」と思うかもしれない。私はむしろ逆だと感じた。ラベルを疑う視点を持っておくことは、ラベルを手放すことではない。前述のとおり、飯村氏が問題にしているのは概念そのものではなく、診断ではないものが診断のように扱われる状況のほうだ。そこを分けて理解できると、言葉を安心して使えるようになる。
薄くて安い。棚に一冊置いておく本として、費用対効果はたぶん一番いい。
タイプ④:隣の個人差から光を当てる本
繊細さの本だけを読み続けると、視野が「感受性」の一語に寄っていく。そこで、隣接する別の個人差から見るのも手だ。
スーザン・ケイン『内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える』(古草秀子訳・講談社+α文庫/リンクは電子版)は、原著『Quiet』の翻訳で、内向性を扱った世界的ベストセラーだ。単行本『内向型人間の時代』の文庫版にあたる。
繊細さと内向性は別々の系譜で研究されてきた。Aron夫妻が1997年の報告時点で、感覚処理感受性は社会的内向性と部分的にしか重ならないと位置づけていたことは先に書いたとおりだ。だからこの本は「繊細さんの本」の代わりにはならない。ならないからこそ、意味がある。自分のしんどさが感受性の話なのか、人付き合いのエネルギー配分の話なのか、両方なのか。別の切り口を一冊挟むと、見当がつきやすくなる。
買う前に、これだけ確認しておく
- 「診断」の言葉づかいをしていないか。「あなたはHSPです」「HSPを治します」の型は、飯村氏が問題視している用法そのものだ。判定してくる本より、材料をくれる本を選びたい
- 出典が確認できるか。研究に触れる本なら、誰のいつの研究かを追える書き方になっているか。巻末を先に見る癖をつけると外れが減る
- いま欲しいのは理解か、手当てか。理解ならタイプ①③、手当てならタイプ②。この二つを一冊で満たそうとすると、たいてい中途半端になる
- 診断テストの結果を目的にしない。自己採点式の尺度で何が分かって何が分からないかは別記事に整理した
最後にひとつだけ。眠れない日が続く、気分の落ち込みが二週間以上とれない、仕事や家事が明らかに回らない——そういう状態を「繊細だから」で説明して本棚に向かうのは、たぶん遠回りになる。飯村氏がまさに指摘しているのは、その自己完結によって必要な医療につながる機会を逃す危険だ。本は診療の代わりにならない。心療内科やかかりつけ医、職場の相談窓口を先にしてほしい。
よくある質問(FAQ)
繊細さんの本は、最初のどれを読めばいいですか?
目的で変わります。言葉の出どころを知りたいならアーロンの翻訳書(タイプ①)、いま困っていることに手を打ちたいなら実用書(タイプ②)、「繊細さん」という言葉の扱われ方を先に整理したいなら飯村氏のブックレット(タイプ③)です。個人的には、実用書を一冊読んだあとに③を読むと、実用書で受け取ったものを自分の中に位置づけ直しやすいと感じました。順番に正解はありません。
本を読めば繊細さは治りますか?
「治す」という枠組み自体が、この話には合っていません。飯村氏は、HSPは心理学に基づく概念であって発達障害や精神疾患のような診断のための概念ではない、と明言しています。またGrevenらのレビューは感覚処理感受性を、遺伝的に受け継がれ進化的に保存されてきた、ネガティブにもポジティブにも反応しやすい特性として整理しています。取り除く対象というより、環境との相性の問題として扱うほうが実態に近いはずです。
繊細さんの本と内向型の本は、どちらを買えばいいですか?
重なりますが、同じではありません。Aron夫妻が1997年に感覚処理感受性を提案した報告では、この特性は社会的内向性や情動性とは部分的に独立していると位置づけられました。音や光がきつい、情報量に飲まれるといった話が中心なら感受性側の本、人と会ったあとの消耗や一人の時間の必要量が中心なら内向性側の本が近いと思います。両方に心当たりがあるなら、それは矛盾ではありません。
「HSPかどうか」を本で判定してもらえますか?
判定を目的にするのは勧めません。Lionettiらの研究では、潜在クラス分析によって3つの群(低いおよそ30%、中程度およそ40%、高いおよそ30%)が得られました。別の417名でも同じ3群が確認されていますが、さらに別の503名では解の形はほぼ同じでも統計指標が3群を明瞭には支持しておらず、完全に固まった結論ではありません。著者ら自身も、これらの群は感受性の連続体に沿って並んでいるように見え、その感受性自体は量的で正規分布する特性であるように見える、という留保付きの述べ方をしています。対象はいずれも大学生集団で、これは集団を統計的に区切った線であって、個人を判定するための基準ではありません。Grevenらのレビューも、連続的な特性かカテゴリー的に区切れるものかを未解決の研究課題として挙げています。
高額なセミナーや資格講座は本の代わりになりますか?
その領域については、飯村氏が具体的に注意を促しています。専門性の不確かな「HSP専門カウンセラー」によるカウンセリングや高額セミナー、根拠の乏しい治療を「HSP外来」として提供するクリニック、さらには生きづらさを抱える人をターゲットにしたマルチ商法やカルト団体の存在が指摘されています。ここで問題にされているのは肩書そのものではなく、その専門性が確かめられないことです。資格や経歴を確認できるかを見てください。そのうえで、まずは書店で手に入る本と、必要なら医療機関を。数万円を払う前に立ち止まる理由としては、じゅうぶん強い指摘だと思います。
結局あのとき、私は数日後に同じ書店へ戻って二冊買った。実用書を一冊と、薄いブックレットを一冊。順番としては悪くなかったと思っている。片方が「明日どうするか」を、もう片方が「この言葉をどう持つか」を引き受けてくれた。棚の前で迷っているなら、役割の違う二冊を選ぶのが、たぶんいちばん外れが少ない。