積読の山に、また一冊足してしまった。買った瞬間はいちばん賢くなった気がして、そこから半年、背表紙だけが視界に入り続ける。読書の効果を調べようと思ったきっかけは、たぶんその後ろめたさだった。
読書の効果として流通している話は、幅が広い。寿命が延びる、共感力が上がる、ストレスが6分で68%下がる。最後のものは特に有名だが、私が探した範囲では、査読誌に載った論文としての出どころにたどり着けなかった。2009年に企業がスポンサーになった調査の報道が起点になっているらしい、というところまでしか確認できていない。だから、この記事では扱わない。
代わりに、原典を開いて確かめられたものだけを並べる。効果は、思っていたより地味で、思っていたより具体的だった。
1日30分の読書と、寿命の話
いちばん引用されるのは、Bavishi、Slade、Levy の2016年の研究だ(Social Science & Medicine 164巻44-48頁)。米国の代表性のあるコホート研究 Health and Retirement Study の参加者3,635人について、ベースライン時点の読書習慣を尋ね、回答した年から2012年12月31日まで、最長12年間(平均9.49年)の生存を追っている。
先に断っておくと、このコホートは50歳以上の成人を対象にしたものだ。若い世代にそのまま当てはまるかどうかは、この研究からは分からない。
書籍の読書時間を三分位に分けている。週0時間、週0.01〜3.49時間、週3.5時間以上の三つだ。年齢・性別・人種・学歴・併存疾患・主観的健康度・資産・婚姻状態・抑うつを調整したうえで、第2三分位のハザード比は0.83、第3三分位は0.77だった。追跡期間中に亡くなったのは、書籍を読まない群で33%、読む群で27%。
著者らは、この結果を「1日平均30分ほど——1日1章くらい——本を読む人に生存上の優位が見られた」とまとめている。80%生存の時点で比べると、その差は4か月だった。
雑誌や新聞では、同じようには出なかった
この研究の面白いところは、本と雑誌・新聞を分けて測ったことにある。雑誌・新聞の読書のハザード比は第2三分位で1.01、第3三分位で0.89。保護的な結果が出たのは最上位群だけで、書籍の効果と統計的に比べると、書籍のほうが有意に強かった。
著者らは、本を読むことが「ディープ・リーディング」と呼ばれる、ゆっくりと没入する認知過程を促すからではないかと考えている。実際、統計上は認知機能スコアがこの生存優位の完全な媒介要因になっていた。
ただし——ここは強調しておきたい——これは観察研究だ。読書が寿命を延ばすことを示したのではなく、読書習慣のある人が長く生きた、という関連である。調整されていない要因(読める体調、読める環境、読める余裕)が残っている可能性は消えない。著者ら自身、電子書籍やオーディオブックの効果、フィクションとノンフィクションの違いは今後の課題だと書いている。

「小説を読むと共感力が上がる」は、どこまで本当か
もうひとつよく語られるのが、フィクションと社会的認知の関係だ。こちらは実験研究があるぶん、因果の話ができる。
Dodell-Feder と Tamir は2018年、この領域の実験データをメタ分析した(Journal of Experimental Psychology: General)。公表済みと未公表を合わせ、14研究から53の効果量を統合している。
結論は、タイトルがすべてを言っている——「フィクション読書は社会的認知に小さな正の影響を持つ」。ノンフィクションを読んだ場合や何も読まなかった場合と比べて、フィクションを読んだ群の社会的認知課題の成績はわずかに良く、効果量は g = .15〜.16 だった。この効果は感度分析でも頑健で、出版バイアスの結果とは考えにくいと報告されている。
ただし「頑健」の中身も見ておきたい。外れ値になった効果量を一つ除くと全体の効果量は g = .13 に下がり(p = .039)、一本ずつ抜いていく分析では、特定の研究を除いた場合に有意水準を割り込んで傾向レベル(p = .051〜.063)まで落ちるケースがあったと報告されている。ぎりぎりで踏みとどまっている、というのが実態に近い。
g = .15 は、心理学の慣習では「小さい」に分類される大きさだ。著者ら自身が論文タイトルに small と書いている。
そして著者らは、今後の研究への提言として、読書課題の操作をもっと堅牢にすること、そして効果が現実の社会的機能の改善に転移するかを検証することを挙げている。つまり、実験室の課題成績が上がったことと、明日の会話がうまくなることのあいだには、まだ検証されていない距離がある。
ここから先は私の見方だが、この「小さいが確かにある」という結果は、むしろ信用できると感じた。小説を一冊読んだら人の気持ちが分かるようになる、という話のほうが元々おかしい。共感という概念自体が複数の下位過程に分かれていることを考えれば、効果が一様に大きく出るほうが不自然だ。
本を読むことが治療になる場面もある
読書が介入として使われる領域もある。読書療法(bibliotherapy)だ。
Gualano らは2017年、抑うつに対する読書療法の長期効果を系統的にレビューした(Clinical Psychology Review 58巻49-58頁)。306件の検索結果から10本の論文(8研究、被験者1,347人)を選び、3か月から3年の追跡期間を持つランダム化比較試験を対象にしている。
結果は分かれている。成人を対象とした6本の論文が抑うつ症状の減少を報告した一方、若年層を対象とした4本の論文では、長期の追跡時点で有意な効果は示されなかった。著者らは、成人の抑うつ症状の長期的な軽減について読書療法は有効だと結論づけつつ、若年層についてはさらなる研究が必要だとしている。
ここで大事なのは、これが「本を読めば気分が晴れる」という話ではないことだ。このレビューが対象にしたのは、読書療法プログラムによる治療を検証したランダム化比較試験に限られる。書店の棚から気分で選んだ一冊を読むこととは、別のものとして扱うべきだと思う。
なお、気分の落ち込みや不眠が二週間以上続いているなら、本より先に受診の検討をおすすめしたい。厚生労働省のこころの耳に相談窓口がまとまっている。本は、治療の代わりにはならない。
「本を読まない」62.6%の中身
日本の読書量については、文化庁の「国語に関する世論調査」がある。令和5年度調査(令和6年1月16日〜3月13日実施、全国16歳以上6,000人対象、有効回答3,559人、郵送法)では、1か月に読む本の冊数——ここでの「本」は電子書籍を含み、雑誌や漫画は除く——について「読まない」が62.6%だった。「1、2冊」が27.6%、「3、4冊」が6.0%、「5、6冊」が1.5%、「7冊以上」が1.8%。1冊以上読むと答えた人は合わせて36.9%になる。
数字だけ見ると衝撃的だが、調査自体が注意書きを付けている。令和2年度から郵送法に切り替わっており、面接聴取法だった令和元年度以前の結果は参考値で、単純比較には注意が必要だと明記されている。過去の調査で「読まない」が4割台後半だったこととの差には、方法の変更が混ざっている。
もうひとつ、私が目を留めたのは同じ調査の付問だ。「読まない」と答えた人に、本以外の文字・活字(SNSやインターネット上の記事を含む)を読む機会を尋ねると、「ほぼ毎日ある」が75.3%だった。
読んでいないのではない。読む対象が移っている。そしてBavishi らの研究が示していたのは、まさに書籍と定期刊行物のあいだに差があったという話だった。ここを重ねると、少し考え込んでしまう。
で、結局どう読むか
研究が支持している範囲をまとめると、こうなる。書籍を週3.5時間ほど読む習慣は、50歳以上の集団で生存と関連していた(観察研究)。フィクションを読むと社会的認知の課題成績がわずかに上がる(実験のメタ分析、効果は小さく、感度分析では有意水準ぎりぎり)。プログラムとして組まれた読書療法は、成人の抑うつに対して長期的な効果が報告されている(RCTのレビュー)。
逆に、支持されていないのは、短時間の読書で数値的にストレスが激減するという類の話だ。
私自身は、この整理をしてから読み方が少し変わった。速く読もうとするのをやめた。効果の候補としてBavishi らが挙げていたのが「ゆっくりと没入する読み方」だったからで、これは要約アプリで代替できる性質のものではない。夜、寝る前に一章だけ。それ以上は望まない。積読の山は減らないが、罪悪感のほうは少し減った。
物音や照明が気になって集中が切れやすいという体感がある人は、感覚処理感受性という研究上の概念と、部屋づくりの記事のほうが先に効くかもしれない。何を読むかで迷っているなら、繊細さんの本、どれを選ぶ?で研究との距離による読み分けを扱った。
よくある質問(FAQ)
電子書籍やオーディオブックでも同じ効果がありますか
現時点では分かりません。Bavishi らの研究は「先週、本を読むのに何時間使いましたか」という形で媒体を区別せずに尋ねており、著者ら自身が電子書籍やオーディオブックの効果は今後検証すべき課題だと述べています。フィクションのメタ分析でも媒体別の比較は主題になっていません。「同じはずだ」とも「違うはずだ」とも、現時点のデータでは言えない状態です。
小説と実用書では、どちらを読むべきですか
目的によって、根拠のある領域が違います。社会的認知への小さな効果が実験で確認されているのはフィクションのほうです(g = .15〜.16)。一方、抑うつに対する効果が報告されているのは、治療プログラムとして構成された読書療法で、これは実用書に近い形式です。寿命との関連を調べたBavishi らの研究は書籍全体を対象にしており、フィクションとノンフィクションを分けていません。どちらが上、という比較データは見当たりませんでした。
1日30分読めば寿命が延びるということですか
そうは言えません。Bavishi らの研究は50歳以上を対象にした観察研究で、読書習慣のある人に生存上の優位が見られたという関連を報告したものです。介入によって寿命が延びることを示した研究ではありません。年齢・学歴・資産・主観的健康度など多くの要因は統計的に調整されていますが、調整しきれない違い(読書ができる健康状態や生活の余裕など)が結果に残っている可能性は残ります。
読むのが遅いのですが、効果は薄くなりますか
速さと効果を比べたデータは見つかりませんでした。ただBavishi らは、書籍が雑誌・新聞より強い関連を示した理由として、ゆっくり没入して読む過程を挙げています。この仮説が正しければ、速く読むことが有利とは限りません。あくまで著者らの解釈であり、検証された因果ではないという前提で受け取ってください。
落ち込んでいるとき、自己啓発書を読めば回復しますか
Gualano らのレビューが効果を報告しているのは、読書療法プログラムによる治療を検証したランダム化比較試験です。書店で選んだ自己啓発書一般に、同じ効果を期待できる根拠はありません。また若年層を対象とした4本の論文では、長期の追跡時点で有意な効果が示されていません。気分の落ち込みや睡眠の変化が二週間以上続く場合は、本を探すより医療機関やこころの耳の相談窓口を先に使ってください。