会議が終わってエレベーターに乗ってから、言いそびれたことを思い出す。あの数字はおかしいと思っていた。でも、言えば場が止まる。止めるほどのことだろうか、と自分に確認しているうちに議題が進んで、そのまま終わった。
アサーションという言葉は、たいていこういう場面とセットで紹介される。相手を尊重しながら、自分の考えも伝える。理屈としては分かる。ただ、研修を受けたら本当に言えるようになるのかは、また別の問いだ。ここでは、その別の問いのほうを研究で追ってみる。
アサーションという言葉が指しているもの
厚生労働省が運営する働く人向けのポータルサイト「こころの耳」の用語解説では、アサーションを「相手の気持ちや考えを尊重しながらも、自分の気持ちや考えをその場に適した表現で伝えるコミュニケーション方法のこと」と定義している。
短い定義だが、二つの要素が並んでいることに注目したい。相手の尊重と、自分の表現。どちらか一方ではなく、両方が同時に立つことを求めている。
そして「その場に適した表現で」という条件が付いている。ここは見落とされやすいところだと思う。何でも口に出すことがアサーションなのではない。場面に合わせて選ぶ、という手続きが定義に含まれている。
訓練としてのアサーション・トレーニングは、この技能を教える介入だ。研究の側でも、症状を減らす治療というより対人スキルを育てる介入として位置づけられることが多い。2026年のメタ分析は、この点を明示的に「症状の低減ではなく対人スキルの構築に焦点を当てたポジティブ心理学的アプローチ」と書いたうえで、心理療法にまつわるスティグマで受診をためらう人にとって、入り口の敷居が低くなりうるという文脈を添えている。
なお、言えないことのつらさが日常生活に支障をきたす水準まで続いている場合は、訓練の話とは別に医療の領域が関わってくる。詳しくは社交不安の項にまとめてある。
12件のRCTを束ねると、効果量は0.62だった
いちばん強いエビデンスから見ていく。
2026年に International Journal of Applied Positive Psychology に掲載された Hede・Malouff・Meynadier のメタ分析は、社交不安に対するアサーション・トレーニングを扱ったランダム化比較試験(RCT)を5つのデータベースから探し、12件・計503人分のデータを統合した。
結果は、全体の効果量 g = 0.62、95%信頼区間 [0.32, 0.92]、p < .001。統計的に有意で、大きさとしては「中程度」と評価される水準だった。出版バイアス(効果が出た研究ばかりが世に出る偏り)の証拠は見つからなかったとも報告されている。
中程度、という言い方には少し補足がいる。心理学の介入研究で0.62という値は、決して小さくない。ただし「受ければ誰でも言えるようになる」という話でもない。信頼区間の下限が0.32であることは、実際の効果がかなり控えめな水準にとどまる可能性も統計的には残っている、ということだ。
何が分からないままなのか
このメタ分析は、分からなかったことについても率直に書いている。
研究間には中程度の異質性(研究ごとに結果がばらついていること)が観察された。著者らは性別・介入の長さ・地域という3つの調整変数を検討したが、いずれも有意ではなく、このばらつきを説明できなかった。
つまり、「どういう人に、どのくらいの長さでやると、より効くのか」は、この分析からは分かっていない。効果はあった。ただ、その効果が誰にどう配分されるのかは未解明のまま残っている。
私はここが正直いちばん気になるところだ。研修を検討する立場からすれば、知りたいのは平均値ではなく「自分に効くのか」のほうなので。だがそれは、現時点の研究がまだ答えを持っていない問いでもある。
日本の大学で測ったら、効いたものと効かなかったものが分かれた
海外のRCTを束ねた話の次は、日本語圏のデータを見たい。
安達知郎・安達奈緒子が2019年に『教育心理学研究』に発表した研究は、大学新入生に対するアサーション・トレーニング(平木典子の著作に倣い、日本・精神技術研究所が標準化したプログラム)の効果を、群間比較で検証したものだ。トレーニングを6月に受けた群と、12月まで待つ待機リスト群を比べ、実施直前・直後・2ヶ月後・6ヶ月後の4時点で測定している。最終的な分析対象は各群26名だった。
結果を、効いたものと効かなかったものに分けて並べる。
効果がみられたもの
- 自己主張のうち関係形成(好意や誤解の解消を伝える)——実施直後と2ヶ月後に大きな効果
- 自己主張のうち説得交渉(欠陥品の交換を頼む、一方的な都合を断る)——実施直後に大きな効果
- 怒り主張性(腹が立ったことを言葉で相手に伝えられる)——対照群との差が有意だったのは2ヶ月後(d = .62)。ただしAT群の中では実施直前より直後(d = .65)・2ヶ月後(d = 1.19)・6ヶ月後(d = .98)のいずれも有意に高い水準だった
- 大学適応感のうち被信頼・受容感
- アイデンティティのうち対他的同一性
- 自己受容のうち自己承認・自己価値・自己信頼
効果がみられなかったもの
- 他者尊重(相手の話を積極的に聴く態度)
- 視点取得(相手の立場に立とうとする態度)
- 適応感のうち居心地の良さの感覚、拒絶感のなさ、課題・目的の存在
- 自己受容のうち自己理解
「他者尊重」には効かなかった
この結果の並びは、けっこう示唆的だと思う。
アサーションは定義上「相手の尊重」と「自分の表現」の両輪だった。ところが実際に測ると、動いたのは自分を出す側だけで、相手を尊重する側は動かなかった。
著者らはこれを天井効果——もともとの得点が高すぎて上がる余地がなかった——と解釈している。実際、他者尊重は5〜20点満点で平均約17点、視点取得は5〜25点満点で平均約19点と、どちらも上限の8割前後だった。学生たちは「話を聴くことは十分できている」と自己認識していた、ということになる。
自己評価であることには留意がいる。聴けていると思っている状態と、実際に聴けている状態は必ずしも一致しない。とはいえ、この研究が測ったのはあくまで自己報告なので、そこから先は分からない。
もうひとつ、著者らは実践的な提案として、アサーション・トレーニングに「聴く」ことのトレーニングを追加する必要性を挙げている。両輪のうち片方は、標準的なプログラムでは十分に育たない可能性がある、という読み方になる。
断ることに焦点を絞った話は断り方の考え方に、職場で意見を出す場面については職場で意見を言うときの工夫に、それぞれ整理してある。
効果は、続かなかった
もうひとつ、この研究が正直に書いていることがある。
説得交渉への効果は実施直後にみられたが、2ヶ月後・6ヶ月後には残っていない。関係形成も2ヶ月後までだった。著者らは「効果が持続しなかったこと」を今後対処すべき課題の一つに挙げ、フォローアップセッションの実施を提案している。
例外は怒り主張性だ。対照群との差が有意になったのは2ヶ月後の一点だけだが、AT群の中で見ると実施直前より高い水準が6ヶ月後まで保たれている(直後 d = .65、2ヶ月後 d = 1.19、6ヶ月後 d = .98)。著者らは考察でこれを「実施直後から6ヶ月後まで効果が増え、最終的に大きな効果がみられた」とまとめているが、群内の数値としてはピークは2ヶ月後で、6ヶ月後はやや下がっている。腹が立ったことを言葉にする、という一点だけが半年後まで残った——というのが、表を素直に読んだときの姿だと思う。
そしてもう一つ。著者らは、アサーションが伸びたことと、適応感や自己受容が伸びたことの間に、有意な関連はみられなかったとも報告している。相関分析でも重回帰分析でも、つながりは出なかった。「言えるようになったから居場所ができた」という筋道は、このデータでは確認されていない。それぞれ別々に動いたように見える、という結果だ。
エビデンスの強さについても、著者ら自身が明確に限界を書いている。授業をベースに計画したため盲検化が十分にできなかったこと、受講時期の希望を尊重した結果群分けのランダム化が崩れたこと、脱落があり当初の群分けのまま解析できなかったこと。そのうえで「本研究のエビデンスレベルはあまり高くない」と述べ、パイロット研究として位置づけている。
だから、この研究を「アサーション訓練の効果が日本で証明された」と読むのは行きすぎだ。効いた指標と効かなかった指標がきれいに分かれた、という所見が価値のあるところだと思う。
一人でも学べるのか——ネット配信版のRCT
研修に参加するのは、それ自体がけっこうハードルが高い。知らない人とロールプレイをする、というだけで気が重くなる人はいる。私も、グループワークと聞くと反射的に日程を確認するふりをする。
その意味で、Hagberg らが2023年に Internet Interventions に発表したRCTは読む価値がある。参加者210人を、セラピストの伴走がつく自習型・伴走なしの自習型・待機リストの3群に分け、8週間のインターネット版認知行動療法プログラムを実施したものだ。
結果はこうだった。
- 適応的なアサーションについて、両治療群とも待機リストに比べ大きな改善(効果量 0.95〜1.73)
- 社交不安も低下(0.67〜0.93)、ウェルビーイングも改善(0.70〜1.05)
- 適応的アサーションで信頼できる臨床的回復に至った人は19〜36%(社交不安の指標では16〜26%)
- 適応的アサーションについて、2つの治療群の効果は実施直後と1年後の追跡時点で統計的に同等だった
- 全般性不安には有意な効果がみられなかった
見落とせない所見がもうひとつある。同じ研究では、攻撃的なアサーションのほうも待機リストに比べて増えていた(実施直後で効果量0.62〜0.90)。適応的な自己表現だけがきれいに伸びたわけではない、ということだ。訓練が押し出しの強さそのものを底上げする側面を持ちうる、と読める。もっとも著者ら自身は全体の総括として、条件によらず健全な自己主張的表現が増えたという書き方をしている。攻撃性の増加をどう位置づけるかは、この抄録からは決まらない。
そして、この研究でいちばん目を引いたのは次の点だ。伴走ありと伴走なしで、統計的に同等の結果が出ている。人の支援が付かなくても、自習だけで同じくらいの改善が得られたことになる。
ただし注意しておきたいのは、これは単一のRCTだということ。伴走の有無で差が出ないという所見は、他の研究でも同じように出るかどうか、まだ分からない。効果量も自己報告尺度に基づくもので、周囲から見て会話が変わったかどうかを測ったものではない。
それでも、「言えるようになりたいが人前で練習するのは無理」という状態の人にとって、入り口が一つではないことを示すデータではあると思う。
「言えない」の位置づけについて
ここから先は研究の要約ではなく、私が読んでいて考えたことだ。
三つの研究を並べてみて感じたのは、アサーション訓練が変えているのは性格ではなく、選択肢の数なのではないか、ということだった。
安達らの研究で6ヶ月後まで水準が保たれていたのは怒り主張性——腹が立ったときに、それを言葉で伝えられる——という指標だった。しかも、怒りを爆発させる側(怒り表出)や飲み込む側(怒り抑制)には変化が出ていない。これは「怒りっぽくなった」でも「温厚になった」でもない。言葉にするという選択肢が使えるようになった、という変化に近い。
同じ論文の中で、著者らは興味深い注釈を入れている。パーソンセンタード・アプローチ的なアサーション・トレーニングでは、その場に適した自己表現のあり方を主体的に選択することが重視されており、それには「自己表現しないこと」も含まれる、と。
言わない、という選択が最初から否定されているわけではないのだ。問題は、言わないことが選択ではなく既定値になっているときで、そのときエレベーターの中で後悔が始まる。
だから私は、アサーションを「言えるようになる技術」と説明するのは半分だけ正しいと思っている。残り半分は、言わないことを自分で選び直せるようになる、という話だ。この整理は研究が主張していることではなく、私の受け取り方である。
なお、口数の少なさや人前での緊張のしやすさには、そもそも大きな個人差がある。刺激や対人接触の負荷の受け取り方については内向型・外向型に基礎的な整理をまとめてある。ただし、どの枠組みも人を分類して判定するための道具ではないことは付け加えておきたい。
そしてもう一点。言えないことに加えて、眠れない・食欲が落ちた・仕事や学業に支障が出ているといった状態が続いているなら、コミュニケーション技法の話としてではなく、産業医や医療機関、あるいは厚生労働省のこころの耳のような公的な相談窓口につないだほうがいい。訓練は治療の代わりにはならない。
よくある質問(FAQ)
アサーション・トレーニングにはどのくらいの効果がありますか?
社交不安に対する効果については、2026年に Hede・Malouff・Meynadier が12件のRCT・計503人分のデータを統合したメタ分析があり、全体の効果量は g = 0.62、95%信頼区間 [0.32, 0.92] でした。統計的に有意で、大きさとしては中程度と評価される水準です。出版バイアスの証拠は見つかっていません。ただし研究間には中程度のばらつきがあり、著者らが検討した性別・介入の長さ・地域という調整変数はいずれも有意ではなく、そのばらつきを説明できていません。どういう人にどのくらい効くのかは、現時点では分かっていないと理解するのが正確です。
日本でもアサーション・トレーニングの効果は確かめられていますか?
大学新入生を対象にした群間比較研究があります。安達・安達(2019)は、トレーニングを受けた群と待機リスト群を比較し、自己主張(関係形成・説得交渉)、怒り主張性、被信頼・受容感、対他的同一性、自己受容の一部に中から大の効果を報告しています。一方で、他者尊重・視点取得・居心地の良さの感覚・自己理解などには効果がみられませんでした。ただし著者ら自身が、盲検化が不十分だったこと、群分けのランダム化が崩れたことを挙げ、「本研究のエビデンスレベルはあまり高くない」と明記しています。パイロット研究として読むべき知見です。
アサーションを身につければ人間関係の悩みは解決しますか?
その因果を示したデータは、ここで扱った研究の中にはありません。むしろ安達・安達(2019)は、アサーションが伸びた量と、適応感や自己受容が伸びた量との間に有意な関連がみられなかったと報告しています。相関分析でも重回帰分析でもつながりは出ませんでした。技能が伸びれば自動的に居心地が良くなる、という筋道は確認されていない、ということです。
研修に参加せず、一人で学んでも意味はありますか?
Hagberg ら(2023)の3群RCTでは、8週間のインターネット版認知行動療法プログラムについて、セラピストの伴走がつく群と伴走なしの自習群が統計的に同等の結果を示し、どちらも待機リストに比べて適応的アサーションが大きく改善しました(効果量0.95〜1.73)。両治療群が同等であることは1年後の追跡時点でも維持されています。ただし同じ研究では攻撃的なアサーションのほうも増えており(効果量0.62〜0.90)、適応的な自己表現だけが伸びたわけではありません。またこれは単一の研究であり、測定も自己報告尺度によるものです。他の研究で同じ結果が再現されるかどうかはまだ分かりません。
言いたいことを言えないのは、直すべき欠点なのでしょうか?
研究はその問いに答えていません。安達・安達(2019)が紹介しているパーソンセンタード・アプローチ的なアサーション・トレーニングの考え方では、その場に適した自己表現のあり方を主体的に選択することが重視され、そこには「自己表現しないこと」も含まれるとされています。言わない選択そのものが否定されているわけではありません。ただし、言えない状態が長く続き、睡眠・食欲・気分や日常生活に支障が出ている場合は、コミュニケーション技法とは別の問題として、産業医や医療機関、公的な相談窓口(厚生労働省のこころの耳など)への相談をおすすめします。
三つの研究を読み終えて残ったのは、思ったより地味な像だった。訓練を受けると、自分の考えを言葉にする側の指標は動く。相手を尊重する側は動かない。効果はしばしば数ヶ月で薄れる。技能が伸びても、居心地が良くなるとは限らない。
それでも、腹が立ったことを言葉にできるという一点だけが半年後まで残っていた、というデータには、なんとなく納得がいく。飲み込んだ言葉は消えないので、置き場所を作るしかないのだと思う。
エレベーターの中で思い出すあの感じが、明日すぐに消えるとは思っていない。ただ、あれを性格のせいにしなくていい根拠くらいは、研究の側にありそうだ。