キャリア研修で配られたワークシートに、40いくつかの質問が並んでいた。答えると8つのうちどれかが一番になる。私の結果は「自律・独立」だった。当たっている気もしたし、他の7つも読めばそれぞれ当たっている気もした。

キャリアアンカーという概念は、この「当たっている気がする」の扱いがけっこう難しい。心当たりがあることと、測定として妥当であることは別の話だからだ。ここでは後者のほう——8つの分類が、データの上でどこまで再現されているのか——を見ていく。

キャリアアンカーという概念が言っていること

提唱者は、組織心理学者の Edgar H. Schein。1990年の著書『Career Anchors: Discovering Your Real Values』が、この概念を実務の世界に広く届けた本として知られている。

Abessolo・Rossier・Hirschi(2017)が Schein の定義を引いてまとめるところによれば、キャリアアンカーとは個人のキャリア自己概念の重要な構成要素であり、関心・欲求・価値観を含むものとされる。そして、この枠組みの核になるのは次の前提だ——難しいキャリア選択に直面したとき、人は自分のキャリアアンカーを妥協しない

言い換えると、アンカーは「好きなこと」より一段強い。給料や肩書きが良くても、そこだけは譲れないから断る。そういう水準のものを指している。

同じく Abessolo らが Schein(1978)を引いて紹介するところによれば、個人は自分の中核的な欲求・価値観・才能を表す、一つの支配的なキャリアアンカーを持つという想定が置かれていた。8つあるうちの1つが自分のもの、という発想はここから来ている。

8つのアンカーはどこから来たのか

Schein が整理したアンカーは、次の8つだ。

  • 専門・職能別コンピタンス(technical/functional competence)
  • 全般管理コンピタンス(general managerial competence)
  • 自律・独立(autonomy/independence)
  • 保障・安定(security/stability)
  • 起業家的創造性(entrepreneurial creativity)
  • 奉仕・社会貢献(service/dedication to a cause)
  • 純粋な挑戦(pure challenge)
  • 生活様式(life style)

Abessolo らの記述によれば、Schein はこの8つを、10〜12年という期間にわたり、44人の卒業生パネルが転職を選んだ理由を探ることで抽出している。理論から演繹したのではなく、実際の職業人が語ったキャリア選択の理由を整理していく形で立ち上がった分類だ、という成り立ちは押さえておきたい。同時に、出発点の人数が44人であることも。

実務で使われる測定用具が、キャリア志向調査票(Career Orientation Inventory、COI)である。研修で配られるあのワークシートの原型が、これにあたる。

ここで細かいが無視できない点を一つ。Abessolo らは自分たちが使った版を「45項目で8つのアンカーを測る」と説明しているのだが、そのすぐ後に列挙されている尺度を数えると8つでは収まらない。起業家的と創造性が分離され、さらに国際性(「国際的な環境で働けたときだけ成功したと感じる」といった項目)が加わっている。1アンカーあたり5項目、ただし創造性は2項目、起業家的は3項目、という但し書きもついている。

論文の説明文と、実際に測っている尺度の数が食い違っている。8つという数え方が、原典の側ですでに揺れているということでもある。

「8つ」は、測定でうまく再現されていない

ここからが本題になる。

概念としての説得力と、測定用具としての妥当性は別々に検証される。COIについては、因子分析——質問項目がどうグループにまとまるかを統計的に調べる手法——を使った検証がいくつも行われてきた。そして結果は、あまり気持ちよく揃っていない。

南アフリカ2,978人:探索では9、確認では5

Coetzee と Schreuder が2009年に SA Journal of Industrial Psychology に発表した研究は、南アフリカのサービス業で主に管理職・監督職に就く2,978人の無作為標本を対象に、COIの構造を検証したものだ。サンプルサイズとしてはかなり大きい。

結果は二段構えになっている。探索的因子分析では9因子構造が得られた。一方、確認的因子分析でキャリア志向の領域を測るものとして確認できたのは、5つの構成概念にとどまった

さらに、因子のまとまり方は回答者の属性によっても揺れた。論文は、一部の人種・民族グループの間では似た因子パターンが観察された一方、別のグループではそのパターンが弱かったと報告している。

8つを想定して作られた道具が、実際のデータでは9つに分かれ、厳密に確認すると5つしか残らない。しかも集団によって形が変わる。これが、この研究が示した所見だ。

日本の大企業1,083サンプル:創造性因子に疑問符

日本語圏のデータもある。

三國左千子・立本博文が2024年に『組織科学』に発表した研究は、Schein の8因子モデルの改良版として提案された9因子のキャリア・アンカーモデルの適合性を、日本の大企業に勤める1,083サンプルで検証したものだ。定型的なプロセスに沿って誤差共分散を導入し、適合度を勘案しながらモデルを改善していく手続きが取られている。

その結果として著者らが述べているのは、創造性因子の概念的実在性を理論面から再検討する必要性が示唆された、ということだった。抄録はあわせて、キャリア志向調査票に特有のワーディング(項目の言い回し)の修正が喫緊の課題である、とも指摘している。

質問票の項目そのものに手を入れる必要がある、という段階の話だ。研修でそのまま配られている調査票が、測定用具として完成しているわけではない。

この結果をどう読むか

誤解されたくないので書いておくと、これは「キャリアアンカーはデタラメだ」という話ではない。

因子構造が揺れることは、概念そのものの否定を意味しない。人が仕事で譲れないものを持っている、という観察自体は残る。揺れているのは、それを8つの箱にきれいに分けられるかどうかのほうだ。

私が引っかかるのは、実務での使われ方との落差である。研修では「あなたのアンカーは〇〇です」という一つの答えが返ってくる。しかし測定研究の側では、いくつの箱があるのかすら合意ができていない。この落差は、もう少し正直に共有されていいと思う。

では、何が確かめられているのか

構造が揺れる一方で、キャリアアンカーが他の心理的な変数と筋の通った関係を持つことは示されている。

Abessolo・Rossier・Hirschi(2017)は、フランス語圏スイスの就業者238人(平均年齢35.60歳、女性51%)を対象に、Schwartz の基本的価値観の尺度、プロティアン/バウンダリーレス・キャリア態度の尺度、そしてCOIを同時に測り、それらの関係を分析した。

得られた対応は、直感に反しないものだった。

多次元尺度構成法で価値観とアンカーを同じ空間に布置したところ、位置関係はこうなった。

  • 変化への開放性の領域には、自律・独立、国際性、創造性、起業家的、純粋な挑戦のアンカーが位置した
  • 保守(安定志向)の領域には、保障・安定のアンカーが位置した
  • 自己超越の領域には、生活様式と奉仕・社会貢献のアンカーが位置した
  • 自己高揚の領域には、全般管理コンピタンスと専門・職能別コンピタンスのアンカーが位置した

加えて相関の分析では、身近な他者の福利を重んじる価値観(benevolence/博愛)が、生活様式および奉仕・社会貢献のアンカーと正の有意な相関を示している。

価値観の側から見たときに、対応するアンカーが素直な位置に来る。構成概念としての妥当性を支持する所見と読める。

リストに国際性が出てくるのは、先に触れたとおり、この研究の測定尺度にそれが含まれているからだ。8つで尽くされているのかという問い自体が、いまも開いている。実際この論文は、国際性のような新しいアンカーが後年になって提案されてきた経緯を紹介している。

そしてこの研究も、横断的な調査であり、238人という規模も大きくはない。単一の研究であることを含めて、これで何かが確立したと読むべきではない。

判定ではなく、材料として使う

ここから先は研究の要約ではなく、私の考えだ。

キャリアアンカーの一番の価値は、たぶん分類結果そのものではなく、質問の並びのほうにあると思っている。

「安定した収入と、裁量の大きさのどちらかを選ばなければならないとしたら」——この形式の問いに、人は普段あまり向き合わない。転職を考えるときも、たいていは会社名や年収や勤務地といった外側の条件から入る。何を捨てられないかを先に言語化してから条件を見る、という順序は、意識しないと踏めない。

COIの45項目は、その順序を強制的に踏ませてくれる。分類が5つでも8つでも9つでも、この機能は変わらない。

一方で、出た結果を自分の定義として抱え込むのはおすすめしない。因子構造がこれだけ揺れる道具から出た1つのラベルを、自分の性質の説明にしてしまうのは、統計的な根拠から見て重すぎる使い方だと思う。「私は保障・安定型だから挑戦的な職には向かない」という理屈は、この枠組みが支えられる範囲を超えている。

似たことは他の自己診断ツールにも言える。尺度で測るという行為が何をしていて何をしていないのかについては、診断テストでわかること・わからないことに整理してある。性格特性という枠組み全体の見取り図はビッグファイブ(性格特性5因子モデル)に、刺激や対人接触の負荷の受け取り方については内向型・外向型にまとめてある。いずれも人を判定するための道具ではない。

いま仕事が合っていない感じがあるなら、その感覚を分解するほうが先かもしれない。「仕事が向いてない気がする」を研究で分解するで、その感覚が何から来ているのかを整理している。実際に環境を変える段になったら、内向型・繊細な人向けの転職サイト・エージェント選びに進め方をまとめてある。

そして、仕事のことを考えると眠れない、食欲が落ちた、休日も回復しないといった状態が続いているなら、キャリアの整理より先に産業医や医療機関、厚生労働省のこころの耳のような相談窓口を使ってほしい。消耗しきった状態で下したキャリアの判断は、たいていあとで見直すことになる。

よくある質問(FAQ)

キャリアアンカーとは何ですか?

Edgar H. Schein が提唱した概念で、Abessolo ら(2017)が Schein の定義を引いてまとめるところによれば、個人のキャリア自己概念の重要な構成要素であり、関心・欲求・価値観を含むものとされます。核になる前提は、難しいキャリア選択に直面したとき、人は自分のキャリアアンカーを妥協しない、というものです。同じく Abessolo らが Schein(1978)を引いて紹介するところによれば、個人は中核的な欲求・価値観・才能を表す一つの支配的なアンカーを持つ、という想定が置かれていました。8つの分類は、専門・職能別コンピタンス、全般管理コンピタンス、自律・独立、保障・安定、起業家的創造性、奉仕・社会貢献、純粋な挑戦、生活様式です。

キャリアアンカー診断の結果は信頼できますか?

分類結果を自分の確定的な性質として扱うのは、現時点の測定研究が支えられる範囲を超えています。測定用具であるキャリア志向調査票(COI)の因子構造は、研究によって結果が揃っていません。南アフリカの2,978人を対象にした Coetzee & Schreuder(2009)では、探索的因子分析で9因子が得られた一方、確認的因子分析で確認できたのは5つの構成概念にとどまりました。日本の大企業1,083サンプルを対象にした三國・立本(2024)でも、創造性因子の概念的実在性を理論面から再検討する必要性が示唆され、キャリア志向調査票に特有のワーディング(項目の言い回し)の修正が喫緊の課題であるとも指摘されています。診断結果は自己理解を進める材料として使い、判定として受け取らないほうが妥当です。

アンカーは一つだけなのですか?複数持つことはありますか?

Abessolo ら(2017)が Schein(1978)を引いて紹介するところによれば、当初の想定は「一つの支配的なアンカー」でした。ただし同論文は、その後の研究者が複数のアンカーの存在を示唆してきたことにも触れています。また、国際性のような新しいアンカーが後年になって提案されてきた経緯も紹介されています。8つで尽くされているのかという点自体が、まだ議論の途中にあります。

キャリアアンカーは本当に一生変わらないのですか?

「一生変わらない」ことを実証した縦断研究を、ここで扱った文献の中では確認していません。Schein の理論は、難しい選択の場面で妥協されないほど安定したものとしてアンカーを位置づけていますが、それが生涯にわたって不変であることとは別の主張です。安定性を確かめるには同一個人を長期間追跡する研究が必要で、現時点でこの記事はそこまでの根拠を示せません。変わらないと決めつけないほうが安全です。

転職を考えるときにキャリアアンカーを使う意味はありますか?

分類ラベルを得ることより、質問に答える過程のほうに使いどころがあると考えています。「安定と裁量のどちらかを選ぶとしたら」といった形式の問いは、会社名や年収といった外側の条件から入りがちな転職検討の順序を、内側の優先順位から始める順序に置き換えてくれます。ただし、出たラベルを理由に特定の職種を除外するような使い方は、測定の妥当性から見て根拠が足りません。実際の進め方は内向型・繊細な人向けの転職サイト・エージェント選びにまとめています。


研修で「自律・独立」と出たあの日、私は少しうれしかったのだと思う。名前がついた感じがしたからだ。

いま同じ結果を受け取ったら、たぶん違う読み方をする。あれは私が何者かを言い当てたのではなく、45個の質問に答えていくあいだに私が自分で言葉にしたことの集計だった。当たっている気がしたのは当然で、答えたのは私だ。

錨という比喩は、よくできていると思う。ただし錨は、どこに降ろすかを船の側が決める。降ろした場所が自分の正体だという話ではない。