完璧主義の治し方を検索すると、たいてい「基準を下げましょう」「70点でよしとしましょう」という助言に行き当たる。理屈はわかる。でも実際にやろうとすると、うまくいかない人が多いのではないかと思う。少なくとも私はそうだった。基準を下げた瞬間に、「手を抜いた自分」への居心地の悪さが別の形で戻ってくる。

研究の側からこの話を眺めると、少し違う地図が見えてくる。心理学が長く扱ってきたのは、「完璧主義は強いか弱いか」という一本の軸ではなく、完璧主義と呼ばれているものの中に、性質の異なる成分が混ざっているという前提のほうだった。

そして、苦しさと結びついている成分と、そうでもない成分は、同じではない。

「完璧主義」は一つの性質ではない

完璧主義を測る代表的な尺度には、いくつかの下位項目がある。よく使われるものだけ挙げると、こんな具合だ。

  • 高い自己基準(personal standards)——自分に高い目標を課す傾向
  • ミスへの懸念(concern over mistakes)——失敗を過度に恐れ、ミスを重く受け止める傾向
  • 行動への疑い(doubts about actions)——自分のやり方が正しいか確信が持てない傾向
  • 自己志向的完璧主義——自分に完璧を求める
  • 社会規定的完璧主義——他人が自分に完璧を求めている、と感じる
  • 他者志向的完璧主義——他人に完璧を求める

一般に「完璧主義」と言うとき、私たちはこれらを全部ひとまとめにして呼んでいる。けれど研究では、これらは別々に測られ、別々の結果と結びついてきた。

高い基準を持つこと自体と、ミスに怯えることは、日常的にはセットで感じられるのに、データの上ではきれいに分かれている。この点を知ったとき、私はかなり救われた気がした。「向上心を捨てないと楽になれない」という二択ではないらしい、ということだからだ。

つらさと結びついているのは、どの成分か

2023年に Brain Sciences に掲載された Lea・Richardson・Rauze の系統的レビューとメタ分析は、気分障害のある人を対象に、完璧主義の下位成分と抑うつ症状の重さの関係を統合したものだ。12本の論文がレビューに含まれ、そのうち5本がメタ分析に使われている。

抑うつ症状との相関は、成分によってはっきり分かれた。

完璧主義の成分抑うつ症状との相関
ミスへの懸念r = 0.40
社会規定的完璧主義r = 0.38
行動への疑いr = 0.26
親からの批判r = 0.18
自己志向的完璧主義r = 0.16
他者志向的完璧主義r = 0.16
高い自己基準r = 0.07(有意でない)
秩序・整理整頓r = 0.02(有意でない)

※上の表は2種類の尺度の下位項目が混在している。ミスへの懸念・行動への疑い・親からの批判・高い自己基準・秩序は Frost の多次元完璧主義尺度、自己志向的/社会規定的/他者志向的は Hewitt & Flett の尺度によるもので、それぞれの行に寄与した研究の組み合わせも同じではない。

高い基準を持っていること自体は、抑うつ症状の重さと有意に結びついていなかった。強く結びついていたのは、ミスへの懸念と、「他人が自分に完璧を求めている」という感覚のほうだった。

ただし「有意でなかった」は「関係がないことが確かめられた」とは違う。ここは混同されやすいので強調しておきたい。分析に使えた研究が数本しかない状況では、本当は小さな関連があっても検出できない、ということが普通に起こる。

ただし、この結果の読み方には注意がいる。著者ら自身が限界として挙げているとおり、メタ分析に入ったのは5本で、分析によっては2本しか使えていないものもある。また、含まれた研究の多くは横断的なもので、完璧主義が抑うつを引き起こすのか、抑うつの状態が完璧主義的な回答を強めるのかは、この結果からは決められない。参加者が症状の安定期にいたのか不調期にいたのかを記載していない研究が大半だった、という指摘もある。

つまり、これは「ミスへの懸念が抑うつの原因だと証明された」という話ではない。「苦しさと一緒に動いているのは、基準の高さではなくミスへの怯えのほうらしい」という、相関の水準での整理だ。

それでも、この整理には実用的な意味があると思っている。「完璧主義を治す」を「目標を下げる」と訳してしまうと、たぶん一番効きそうな部分に手が届かないからだ。

「昔よりみんな完璧主義になっている」の中身

完璧主義の話でよく引かれるのが、Curran と Hill が2019年に Psychological Bulletin に発表したメタ分析だ。

1989年から2016年までのあいだに集められた164のサンプル、41,641人の大学生のデータを時系列で並べ、完璧主義の得点が世代とともにどう動いたかを調べている。結果は、自己志向的・社会規定的・他者志向的のいずれもが直線的に上昇していた。性別や国の違いを統制しても、傾向は残った。

上昇の大きさを順に並べると、最近の若い世代ほど「他人が自分に多くを求めていると感じ」、「他人に多くを求め」、「自分に多くを求める」——という順になる。つまり、いちばん増えているのは、自分で自分に課すものではなく、外から求められていると感じる部分だった。

ここは丁寧に注釈をつけておきたい。対象はアメリカ・カナダ・イギリスの大学生で、日本のデータは含まれていない。参加者の約71%が女性で、平均年齢は20.66歳。だから「日本人も同じように増えている」とは言えないし、社会人や中高年に当てはまるかも別の話だ。

その留保を置いたうえで、この結果を読んで私が思ったのは、完璧主義を個人の性格の問題として片づけるのは少し雑だな、ということだった。増えているのが「求められている感覚」なら、それは一人ひとりの心の持ちようというより、評価され続ける環境の側の話でもある。ここから先は研究の結論ではなく私の受け取り方だが、SNSも人事評価も、ミスが可視化され記録される方向にしか進んでいない。

似た構図は承認欲求とは何か——研究が分けている「認められたい」の中身でも触れている。

「治す」介入は、実際に何を動かしているのか

では、完璧主義に対する介入は効くのか。ここに答えを出そうとしたのが、Galloway らが2022年に Cognitive Behaviour Therapy に発表したメタ分析だ。

完璧主義に対する認知行動療法(CBT)のランダム化比較試験15件、合計912人(平均年齢23歳)を統合している。効果量(Hedges の g)は次のとおりだった。

  • ミスへの懸念:g = 0.89(95%信頼区間 0.71–1.08)
  • 臨床的完璧主義:g = 0.87(0.70–1.04)
  • 高い自己基準:g = 0.57(0.43–0.72)
  • 摂食障害の症状:g = 0.61(0.36–0.87)
  • 抑うつ症状:g = 0.60(0.28–0.91)
  • 不安症状:g = 0.42(0.21–0.62)

注目したいのは、もっとも大きく動いたのがミスへの懸念(g = 0.89)で、高い自己基準の変化(g = 0.57)はそれより小さかったことだ。介入によって完璧主義そのものが平板化するというより、ミスの受け止め方のほうが優先的に変わっている——という形に読める。

ただしこれは慎重に扱うべき比較でもある。この2つの信頼区間は 0.71〜0.72 のあたりでわずかに重なっており、著者らは下位項目どうしを直接比べる検定を報告していない。「ミスへの懸念のほうが大きく動く」は、数字の並びから読み取れる傾向であって、統計的に決着がついた差ではない。

そして、完璧主義の得点が下がるだけでなく、抑うつ・不安・摂食障害の症状にも中程度の改善が見られた。出版バイアスは検出されなかったとされている。

一方で、著者らは限界も明記している。含まれた試験の数が少ないこと、そして他の積極的な治療法との比較がほとんどないことだ。後者は地味に重要で、「CBTが待機リストより効く」ことは示せても、「他の心理療法より優れている」ことは、この結果からは言えない。

それでも、「完璧主義は変えられるのか」という問いに対しては、変わりうるし、動きが大きく出ているのはミスへの怯えの部分らしいという、それなりに具体的な答えが返ってきていることになる。

明日から試せること(ただし、検証済みの技法ではない)

ここからは研究の話を離れる。私が実際にやってみて、多少なりとも効いた感触があったことを挙げる。効果を検証したデータがあるわけではないので、合いそうなものだけ拾ってもらえればと思う。

基準ではなく、ミスの後の時間を短くする。 目標を下げようとするとうまくいかなかったが、「ミスに気づいてから引きずる時間」を意識するようにしたら、こちらは動かせた。原稿を出したあとで誤字に気づいて、夜中まで頭の中で再生し続ける——あの時間を、意識的に打ち切る。

「これは誰が求めている基準か」を一度だけ確かめる。 求められていると感じている水準が、実際に誰かから求められているのか、それとも自分が想定しているだけなのか。上司に一言確認するだけで解ける場合が、思っているより多い。

やり直しの回数に上限を決めておく。 「2回直したら出す」と先に決める。判断そのものを事前に外注してしまうやり方で、これは考えが止まらなくなるタイプの負荷にも近い構造だと思う。関連する整理は気にしすぎる性格は変えられる?「考えが止まらない」を研究で分けるにまとめた。

評価されない領域を一つ持つ。 上達を目指さない趣味、誰にも見せない文章、記録を取らない運動。うまくやる必要がない場所が生活の中にゼロだと、常時が評価の場になってしまう。

なお、「今この瞬間の体験に注意を向ける」練習はマインドフルネスとして研究されてきた領域で、完璧主義そのものを標的にしたものではないが、用語の整理としては参考になると思う。また、ミスへの反応の強さには気質としての個人差もあり、その枠組みはビッグファイブ(性格特性5因子)の神経症傾向として測られてきた。

相談を考えたほうがよい状態

ここは大事なところなので、はっきり書いておく。

完璧主義そのものは病気ではない。ただし、以下のような状態が続いているなら、セルフケアの範囲を超えている可能性がある。

  • 提出や着手ができず、仕事・学業が滞っている
  • ミスへの不安で眠れない日が続いている
  • 食事や体重のコントロールと結びついている
  • 気分の落ち込みが2週間以上続き、以前は楽しめたことが楽しめない

Galloway らのメタ分析が示していたのは、適切な支援があれば動きうるということでもある。医療機関(心療内科・精神科)や、職場のカウンセリング窓口、厚生労働省のこころの耳などの公的な相談先を、一人で抱え込む前に使ってほしい。

死にたい気持ちが出てきている場合は、受診を待たずに相談できる窓口がある。厚生労働省が案内しているまもろうよ こころには、電話・SNSで当日つながる相談先がまとまっている(よりそいホットライン、いのちの電話など)。燃え尽きに近い状態については燃え尽き症候群とは何か——WHOの定義と「原因の在りか」を読むも参考になると思う。

よくある質問(FAQ)

完璧主義は治したほうがいいのですか?

「完璧主義」と呼ばれているものの全部を手放す必要がある、という根拠は見当たりません。気分障害のある人を対象にした Lea らのメタ分析では、高い自己基準(r = 0.07)や秩序を好む傾向(r = 0.02)は抑うつ症状の重さと有意に相関していませんでした。強く相関していたのは、ミスへの懸念(r = 0.40)と社会規定的完璧主義(r = 0.38)です。ただしこれは相関であって因果を示すものではなく、また「有意でない」は「関係がないと確認された」という意味でもありません。

基準を下げれば楽になりますか?

そう単純ではなさそうです。CBT のランダム化比較試験15件を統合した Galloway らのメタ分析では、介入によってもっとも大きく変化したのはミスへの懸念(g = 0.89)で、高い自己基準の変化(g = 0.57)はそれより小さいものでした。基準を下げることより、ミスの受け止め方が変わることのほうが、介入の中心に来ていると読めます。

完璧主義は昔より増えているのですか?

Curran と Hill の時代比較メタ分析(164サンプル、41,641人)では、1989年から2016年にかけて自己志向的・社会規定的・他者志向的完璧主義がいずれも直線的に上昇していました。ただし対象はアメリカ・カナダ・イギリスの大学生であり、日本のデータは含まれていません。日本の社会人にそのまま当てはめることはできない点に注意が必要です。

完璧主義はカウンセリングで変わりますか?

変わりうる、というのが現時点のデータです。Galloway らのメタ分析では、完璧主義に対する CBT が完璧主義の指標だけでなく、抑うつ(g = 0.60)・不安(g = 0.42)・摂食障害症状(g = 0.61)にも中程度の改善を示しました。ただし著者らは、含まれた試験数が少ないことと、他の積極的治療との比較がほとんどないことを限界として挙げています。「他の方法より優れている」とまでは言えません。

完璧主義は生まれつきのものですか?

この記事で扱った研究は、生まれつきかどうかを直接調べたものではありません。Curran と Hill の結果は、世代を追って完璧主義の得点が上がってきたことを示しており、少なくとも環境の側の影響を受ける部分があることを示唆します。一方で、ミスへの反応の強さには気質としての個人差もあると考えられています。どちらか一方に決めつけられる話ではない、というのが正直なところです。


「70点でいい」と唱えても、結局100点を目指してしまう人は多いと思う。私もそうだ。ただ、研究を並べてみると、そこは無理に動かさなくていい場所なのかもしれない、とも思う。減らしたいのは基準ではなく、ミスをした夜の、あの再生の長さのほうだ。