「もっと自分に優しくしていいんですよ」と言われて、はいと答えながら、内心で「それができたら苦労してない」と思ったことがある。セルフコンパッションという言葉には、この居心地の悪さがつきまとう。優しくできない自分を、また一つ責める材料が増えるような感じだ。

ただ、この概念は自己啓発のスローガンとして生まれたわけではない。定義があり、測定尺度があり、20年以上の研究の蓄積があり——そして、その測定に対するかなり強い批判もある。順番に見ていく。

何がセルフコンパッションと呼ばれているのか

出発点は、Kristin Neff が2003年に Self and Identity に発表した論文だ。この論文は、セルフコンパッションという構成概念を定義し、検討することを目的として書かれている。

論文が挙げる構成要素は3つある。

  • 自分への優しさ(self-kindness)——痛みや失敗の場面で、厳しく自己批判するのではなく、自分に対して優しく理解を向けること
  • 共通の人間性(common humanity)——自分の経験を、自分だけを切り離し孤立させるものとしてではなく、より大きな人間の経験の一部として捉えること
  • マインドフルネス(mindfulness)——苦痛を伴う思考や感情に過剰同一化するのではなく、バランスの取れた気づきの中に保つこと

3つ目の要素は、瞑想実践としてのマインドフルネスとは水準が違う。ここで言われているのは「つらい感情に飲み込まれず、かといって無視もせずに眺める」という姿勢のことだ。

この論文は、セルフコンパッションを感情的にポジティブな自己への態度と位置づけ、自己判断・孤立・反芻がもたらす否定的な帰結(抑うつなど)から守るはずのものだと述べている。加えて、評価を伴わず他者とのつながりを含む性質のために、自尊心を維持しようとする試みに伴いがちなナルシシズム・自己中心性・下方比較への傾きにも対抗するはずだ、としている。

「〜するはずである(should)」という書き方に注目しておきたい。この論文は実証結果の報告ではなく、概念の提案と関連構成概念の検討を行うものだ。効果の証拠は、このあとの研究に委ねられている。

自分への態度は、3つの成分に分けて定義された

自尊感情とは、どこが違うのか

日本語圏でよく並べられるのは「自己肯定感」だと思う。研究の文脈でこれに近いのは全般的自尊感情(global self-esteem)で、両者の比較を正面から行ったのが Neff と Vonk が2009年に Journal of Personality に発表した研究だ。

違いが出たところ

研究1(N=2,187)は、自己に注意が向いた際の反応性(ego-focused reactivity)との関連で、セルフコンパッションと全般的自尊感情を比較している。対象はオランダで公募に応じた人たちで、8か月にわたる12回の調査に参加した。最初に回答を始めた4,202人のうち、セルフコンパッションの測定が行われた12回目まで残ったのが2,187人。女性74%、平均38.6歳、大学・専門課程以上の学歴が約8割という構成だ。自ら手を挙げて参加した人たちである点は、頭に入れておきたい。

結果として報告されているのは、まずセルフコンパッションのほうが、自尊感情よりも安定した自己価値の感覚を予測し、特定の結果に左右されにくかったこと。さらに、社会的比較、公的自意識、自己反芻、怒り、認知的完結欲求との負の関連が、セルフコンパッションのほうが強かったこと。そしてナルシシズムと正の関連を示したのは自尊感情のほうで、セルフコンパッションではなかったこと。

自尊感情は「自分は価値がある」という評価だから、評価である以上は比較と査定を必要とする。うまくいっている間は高く、失敗すれば落ちる。この性質の違いが数字に出た、と読める。

違いが出なかったところ

研究2(N=165、米国南西部の大学の学部生)はポジティブな気分状態との関連を見たもので、こちらは様相が違う。幸福感、楽観性、ポジティブ感情の予測において、2つの構成概念は統計的に同等の予測力を持っていたと報告されている。念のため書いておくと、これは「同じだと証明された」のではなく、差が検出されなかったということだ。

つまり「気分が良いかどうか」の説明力では差がつかず、「揺れにくさ」や「他者との比較への巻き込まれにくさ」で差がついた。著者らは、健康な自己へのスタンスを考えるうえでセルフコンパッションが全般的自尊感情の有用な代替になりうる、と結論している。

なお著者ら自身が限界として挙げているとおり、両研究とも自己報告の相関分析であり、因果の方向についての情報は得られない。研究2の参加者が大学生であることも、一般化の制約として明記されている。

自己肯定感そのものをどう捉えるかは内向型の自己肯定感が低い原因と高め方に整理してあるので、あわせて読むと輪郭がはっきりすると思う。

介入研究は、何を示したか

概念の話から、実際にやってみた場合の話へ移る。

Ferrari・Hunt・Harrysunker・Abbott・Beath・Einstein が2019年に Mindfulness に発表したメタ分析は、セルフコンパッションに基づく介入のランダム化比較試験(RCT)を対象にしたものだ。6つのデータベースの系統的検索と参考文献のハンドサーチを経て、27件のRCTが組み入れ基準を満たした。

結果として、セルフコンパッション介入は対照群と比べて11の多様な心理社会的アウトカムで有意な改善をもたらした。効果量(Hedges’ g)の内訳はこうなっている。

  • 大きい効果:摂食行動(g = 1.76)、反芻(g = 1.37)
  • 中程度の効果:セルフコンパッション(g = 0.75)、ストレス(g = 0.67)、抑うつ(g = 0.66)、マインドフルネス(g = 0.62)、自己批判(g = 0.56)、不安(g = 0.57)

さらに調整分析では、抑うつ症状の改善はフォローアップ時点でも増加を続け、セルフコンパッションの向上は維持されていた。結果は対象集団によって異なり、個人形式よりグループ形式のほうが効果が強かった

ここで抄録が自ら述べている限界も書いておく。介入の種類は多様すぎて個別カテゴリの分析ができなかったこと、そして出版バイアスが存在する可能性があること。著者ら自身が、今後の研究は変化のメカニズムを検討すべきだと締めている。

RCTのメタ分析は、この分野で得られるエビデンスとしては強いほうだ。ただ「27件」という数は、確立された治療法の検証に使われる規模と比べれば小さい。効果があるらしい、という段階の知見として受け取るのが妥当だと思う。

相関の大きさと、その解釈をめぐる論争

ここからが、この記事でいちばん書きたかった部分になる。

MacBeth と Gumley が2012年に Clinical Psychology Review に発表したメタ分析は、セルフコンパッションと精神病理の関連を系統的に検討した最初期の総説だ。14件の適格研究から20の標本が特定され、そのすべてが Neff のセルフコンパッション尺度(SCS)を使っていた。

得られた効果量は r = −0.54(95%信頼区間 −0.57 〜 −0.51、Z = −34.02、p < .0001)。Cohen の慣例で言う「大きい」効果量に相当する。異質性は有意で、出版バイアスの明確な証拠は認められなかった、と論文は報告している。

セルフコンパッションが高いほど、精神病理の指標は低い。しかもかなり強く。——この数字が、セルフコンパッションという概念の追い風になった。

ところが、この「かなり強く」こそが疑問視されることになる。

尺度に何が入っているか

Muris と Otgaar が2020年に Mindfulness に発表した論文は、SCS を使った15年以上の研究を批判的に評価したものだ。論旨は厳しい。セルフコンパッションの理論的定義は限定的であり、その結果として SCS による測定は精神病理的な特性によって汚染されている、と述べている。

問題の構造はこうだ。SCS には、思いやりのある自己応答(自分への優しさ・共通の人間性・マインドフルネス)を測る3つの下位尺度と、思いやりのない自己応答(自己判断・孤立・過剰同一化)を測る3つの下位尺度が含まれている。後者は逆転項目として扱われ、総得点に合算される。

論文が指摘するのは、この後者の項目群が、そもそも精神的な不調の記述と見分けがつきにくいということだ。自己判断は厳しい自己批判・自己処罰と明らかに似ており、孤立は社会的引きこもりや孤独感と特徴を共有し、過剰同一化は自己没入や自己焦点的な反芻と重なる。

そして著者らの調査によれば、研究者の72.0%が SCS または短縮版の総得点を、セルフコンパッション全体の指標として使っている。

Muris と Petrocchi(2017)のメタ分析的な検討では、思いやりのない自己応答の成分のほうが、思いやりのある成分よりもメンタルヘルスの問題と強く関連していた。したがって総得点を使えば、精神病理との結びつきは過大に出る——というのが批判の核心だ。加えて著者らは、自分たちの近年の研究で、思いやりのない自己応答を統計的に統制すると、思いやりのある自己応答が不安・抑うつ・ストレスの症状に対して持つ寄与は有意に減少し、これらの分散のごくわずかしか説明しなくなったと述べている。

反論もある

公平を期すために書いておくと、この批判に対する応答も存在し、Muris らの論文自身がそれを紹介している。

総得点の使用を擁護する最大の根拠は、6つの成分を束ねる上位の共通因子が存在するという因子分析の所見だ。Neff ら(2019)は20の多様な標本・11,685人のデータを用いて、各項目が対応する因子と上位因子の両方に負荷する単一のバイフェクターモデルが最も適合したと報告し、総得点の使用を正当化している。

これに対して Muris らは、SCS の因子構造を調べた研究の結果はまちまちであり、6因子相関モデルを支持するものも、思いやりのある/ない自己応答という2つの上位因子を支持するものもある、と反論する。そのうえで、すべての研究に共通しているのは、単純な1因子モデルが最良の適合を示したことは一度もないという点だと述べている。

論争は決着していない。私が読む限り、少なくとも「SCSの総得点が高い=守られている」という単純な読み方は、どちらの陣営からも支持されていない。

で、実践は無意味なのか

ここから先は研究の要約ではなく、私の見方だ。

尺度への批判と実践の効果は、いったん分けて考えたいところではある。Ferrari らのメタ分析が対象にしたのはRCT、つまり介入を受けた群と受けなかった群を比べたものだから、総得点の解釈問題とは別の水準にあるとも言える。

ただし、そう単純でもない。Muris らは総得点を使うことの4つ目の問題として、心理療法の場面でセルフコンパッションが果たしている正確で固有の役割が見えなくなることを挙げている。思いやりのある応答とない応答を一つの得点にまとめてしまうと、介入で何が動いたのかが不明なままになる、という指摘だ。介入研究も批判の射程に入っている。実際、Ferrari らのメタ分析の主要アウトカムのひとつは、SCSで測ったセルフコンパッションそのものだった。

私が実感として納得しているのは、Neff の3成分のうち共通の人間性の部分だ。うまくいかなかった夜に効くのは「自分は素晴らしい」ではなく、「これは自分だけに起きていることではない」のほうだったと思う。前者は反論の材料をいくらでも思いつくが、後者にはあまり反論の余地がない。

一方で「自分に優しくしよう」という指示だけを取り出すと、冒頭に書いた居心地の悪さが戻ってくる。優しさを自分に向けるのは、少なくとも私にとってはスイッチではなく練習だった。書くことがその練習になった経験があるので、内向型のためのジャーナリング入門に方法をまとめてある。自己批判のループが止まらないときは、考えすぎてしまう自分のほうに手がかりがあるかもしれない。

なお、セルフコンパッションの個人差がどこから来るかについて、Neff と Vonk は神経症傾向や反芻しやすさといった生得的な差である程度説明できそうだと述べつつ、養育環境や文化的メッセージの役割にも触れている。性格特性の枠組みそのものはビッグファイブに整理した。

最後に大事なこと。気分の落ち込みが2週間以上続く、眠れない、食欲が落ちた、何をしても回復しないといった状態があるなら、セルフケアの工夫より先に医療機関に相談してほしい。ここで紹介した研究は、いずれも診断や治療の指針ではない。厚生労働省のこころの耳から相談窓口を探すことができる。

よくある質問(FAQ)

セルフコンパッションとは何ですか?

Kristin Neff が2003年に Self and Identity で定義した構成概念で、3つの主要な成分から成ります。(a) 痛みや失敗の場面で厳しく自己批判するのではなく自分に優しく理解を向ける「自分への優しさ」、(b) 自分の経験を孤立させるものではなく大きな人間の経験の一部として捉える「共通の人間性」、(c) 苦痛を伴う思考や感情に過剰同一化せずバランスの取れた気づきの中に保つ「マインドフルネス」です。同論文は、これを感情的にポジティブな自己への態度と位置づけています。

自己肯定感(自尊感情)とはどう違うのですか?

Neff と Vonk(2009)の研究1(N=2,187)では、セルフコンパッションのほうが自尊感情よりも安定した自己価値の感覚を予測し、特定の結果に左右されにくいことが報告されました。社会的比較・公的自意識・自己反芻・怒り・認知的完結欲求との負の関連もセルフコンパッションのほうが強く、ナルシシズムと正の関連を示したのは自尊感情のほうでした。一方、研究2(N=165)では、幸福感・楽観性・ポジティブ感情の予測において両者は統計的に同等でした。差がつくのは「揺れにくさ」の側面である、と読めます。

セルフコンパッションを高める練習に効果はありますか?

Ferrari ら(2019)が27件のランダム化比較試験をまとめたメタ分析では、セルフコンパッション介入は対照群と比べて11の心理社会的アウトカムで有意な改善を示しました。効果量は摂食行動(g = 1.76)と反芻(g = 1.37)で大きく、ストレス(g = 0.67)、抑うつ(g = 0.66)、自己批判(g = 0.56)、不安(g = 0.57)などで中程度でした。ただし同論文は、介入の種類が多様すぎて個別分析ができなかったこと、出版バイアスが存在する可能性があることを限界として挙げています。効果が確立したというより、有望な段階の知見です。

セルフコンパッション尺度(SCS)の点数で自分を判定できますか?

判定の道具として使うことはおすすめしません。Muris と Otgaar(2020)は、SCS には思いやりのない自己応答(自己判断・孤立・過剰同一化)を測る項目が含まれており、それらが精神病理的な特性と見分けがつきにくいため、総得点を使うと精神病理との結びつきが過大に出ると論じています。総得点の使用を擁護する側の Neff ら(2019)は20標本・11,685人のデータでバイフェクターモデルの適合を報告していますが、Muris らは因子構造の研究結果がまちまちであることを指摘しています。論争は続いており、点数を自己評価の結論として扱える段階ではありません。

セルフコンパッションが高いと精神的に健康だと言えますか?

因果の向きを断定できる段階ではありません。MacBeth と Gumley(2012)のメタ分析は、14件の研究から得た20標本で、セルフコンパッションと精神病理の関連が r = −0.54(95%CI −0.57〜−0.51)という大きな効果量であることを報告しました。ただしこれは関連の強さであって、セルフコンパッションが高いことが健康を生んだことの証明ではありません。加えて、この関連の大きさ自体が、尺度に含まれる項目の性質によって膨らんでいる可能性を指摘されています。

なお、落ち込みが2週間以上続く、眠れない、食欲が落ちた、日常生活に支障が出ているといった状態がある場合は、セルフケアの工夫だけで対処しようとせず、医療機関や専門家に相談してください。この記事で扱った研究は心理学的な構成概念とその測定に関するものであり、診断や治療の指針ではありません。厚生労働省のこころの耳から相談窓口を探すことができます。


調べ終えて残ったのは、「自分に優しく」というフレーズの軽さと、その背後にある議論の重さのギャップだった。

セルフコンパッションという概念を知っている臨床家ですら、SCSの項目をこの概念のものだと正しく分類できたのは、思いやりのある項目で35.5%、ない項目で31.2%だった——そんな調査結果(Corsius 2018)が、この論文には図として載っている。それくらい輪郭のはっきりしない対象を、私たちは日常語で軽々と扱っている。

それでも、失敗した夜に自分へ向ける言葉の温度が、翌朝の動きやすさを変えることはある。研究がまだ測りきれていないだけかもしれないし、測ったら思ったほどではないのかもしれない。どちらであれ、優しくできなかった日の自分を責めない、というところからしか始まらない気がしている。