エレベーターの「閉」ボタンを、もう一度押してしまう。押したところで数秒しか変わらないと分かっているのに、指が勝手に動く。レジで隣の列が先に進むと、移りたくなる。信号が変わる前から、足が半歩出ている。

せっかちだと言われる人にとって、こういう瞬間は一日の中に無数にある。そしてたいてい、「余裕がない人」「落ち着きがない人」という評価とセットで返ってくる。

ただ、せっかちさというのは本当に一つの性格なのだろうか。この言葉は少なくとも三つの別のものを一緒くたにしていて、自分にどれが当てはまるかで対処の方向はかなり変わる。研究の系譜からほどいてみたい。

急ぐ時間と待つ時間

「せっかち」の中身は、たぶん三つある

日本語の「せっかち」を心理学の用語に一対一で置き換えようとすると、うまくいかない。近いものを並べると、だいたい三つに分かれる。

待てなさ。行列、信号待ち、読み込みの遅いページ。何かが自分の手を離れて進むのを待つ時間が、体感として長い。

時間切迫感。常に時間が足りない感じ。歩くのが速い、話すのが速い、人の話にかぶせ気味に返事をする。

いらだち。遅い相手、要領を得ない説明、割り込んでくる車。待たされること自体より、待たせてくる存在に怒りが立つ。

この三つは同じ人に同時に現れやすいから、日常語ではまとめて呼ばれる。けれど研究の世界では別々に測られ、別の結果が出ている。俗説がこじれた原因もそこにある。

「せっかちは心臓に悪い」の、その後

1959年、循環器内科医のMeyer FriedmanとRay Rosenmanが医学誌に発表した論文で、「タイプA行動パターン」という概念が提唱された。競争的で、時間に追われていて、性急で、怒りっぽい——そういう人は心臓病になりやすい、と。この説は一般向けの本にもなり、「せっかち=心臓に悪い」というイメージを世界中に広げた。

ところが追跡研究が積み上がるにつれ、話は変わっていく。

2001年、Myrtekは1998年末までに発表された前向き研究(先に性格を測り、あとから発症を追う設計)を集めてメタ分析した。結果、タイプA行動パターンと冠動脈疾患のあいだの母集団効果量は有意ではなかった(R=0.003)。敵意については有意な関連が出たものの効果量はR=0.022で、論文自身が「予測や予防にとって現時点で実用的な意味を持たない」と述べている。

いっぽう2009年、ChidaとSteptoeが行った別のメタ分析では違う絵も見えている。健常者を対象とした25研究で、怒りと敵意は冠動脈疾患の発症増加と関連していた(ハザード比1.19、95%信頼区間1.05〜1.35)。すでに心疾患のある人では予後の悪さとも関連していた(同1.24)。健常者での有害な影響は、女性より男性で大きかった。

数字が食い違って見えるかもしれないが、どの成分が効いているかという向きは揃っている。タイプAという束ねられた概念全体では、冠動脈疾患との関連は残らなかった。関連が検出されたのは怒り・敵意の側で、しかもその大きさは小さい。 ハザード比1.19は、統計的に有意でも一人ひとりへの上乗せとしては小さい部類だ。

ただし、この小ささをどう扱うかで両者は分かれている。Myrtekは「予測や予防にとって実用的な意味を持たない」と切り捨てた一方、ChidaとSteptoeは自分たちの結果をもとに、怒りと敵意に焦点を当てた心理的アプローチを冠動脈疾患の予防と治療に用いることを支持している。関連が小さいことと、そこに手を入れる価値がないことは、別の話だ。

ここから先は研究の話ではなく、私の受け取り方だ。どちらのメタ分析も、時間切迫感という成分だけを取り出して検定したわけではない。それでも、束全体が有意にならず敵意だけが小さく残ったのだから、「急いでいること」そのものが心臓を痛めつけているという図式は、かなり分が悪い。

この数十年の経緯は、性格ラベルがどう膨らんで、どうしぼむかの見本のように見える。「タイプA」という便利な箱に急ぐことと怒ることがまとめて放り込まれ、箱ごと危険物みたいに扱われた。分解してみたら、注意が要るのは箱の一部だけだった。急ぐこと自体を病気の予備軍にしたのは、行き過ぎだったと思う。

もちろん、体からの信号は別だ。動悸や胸の痛み、息切れといった身体症状が続くとき、あるいはいらだちが自分でも抑えられないほど強いときは、性格の問題として抱え込まずに内科や心療内科などの医療機関に相談してほしい。ストレスが心身にどう作用するかについては、厚生労働省のe-ヘルスネットにも解説がある。

待てなさは、意志の弱さや頭の良し悪しでは説明しきれない

三つのうちの一つめ、「待てなさ」に戻る。

心理学や行動経済学では、これを遅延割引(delay discounting)という枠組みで測る。「今すぐ5,000円」と「1か月後に6,000円」のどちらを選ぶか。金額や期間を変えながら何度も尋ねて、将来の報酬をどれくらい値引きして見ているかを推定する。値引きが急な人ほど、待つのが苦手ということになる。

この「待てなさ」は長らく、自制心の弱さや知的能力の代理指標のように扱われてきた。ところが2021年、Yeh、Myerson、Greenが米国の健常な若年成人1,206人(22〜37歳)のデータを分析した研究では、そう単純ではない結果が出ている。収入と学歴を統制したうえで、11種類の認知能力のうち遅延割引と有意に相関したのは4つにとどまり、いずれも相関係数はr=.20を下回る小さなものだった。因子分析でも、遅延割引は認知能力とは別の因子として独立して現れた。

性格との関係はもっと素っ気ない。神経症傾向とも誠実性とも、相関は見られなかった。この二つは自制心や衝動性と理論的に結びつけられてきた因子で、いずれも Goldberg が1990年に整理したビッグファイブの構造に含まれる(各因子は用語辞典にまとめた)。著者らは、急な遅延割引は「単に認知機能の低さや心理尺度上の衝動性の指標なのではなく、それ自体が重要な個人差である」と結論している。全否定ではない——小さな相関は残っている。ただ、待てなさをそれだけで説明することはできない、という位置づけだ。

一つの研究であり、対象も健常な若年成人に限られる。それでも、待てなさを「意志が弱いから」と説明する見方に、正面からの反証が一つ立ったことは確かだ。

正直に言うと、この結果を読んだとき少しほっとした。行列の後ろで体の奥がざわざわしてくるあの感じを、自分の出来の悪さのせいだと思わずに済むからだ。報酬をどう受け取るかの個人差は報酬系の解説も参考になる。性格が変わりうるかは性格は変えられる?で整理したが、そもそも「直すべき欠陥」と決めてかかる必要のない個人差もある。

急いでいるのは自分か、環境か

もう一つ、抜けやすい視点がある。せっかちさは自分の内側だけで起きていない。

通知が鳴り続けるデスクにいるときと、電波の入らない山道を歩いているときとでは、待てる長さがまるで違う。私は自分を歩くのが速い人間だと思っていたけれど、地方の駅前を歩くと急に浮く。同じ歩幅でも、周りが違えば「せっかち」になったりならなかったりする。

締切が近ければ誰でも時間切迫感は上がるし、細切れの割り込みが多い環境では一つのことに落ち着いて向かうこと自体が難しくなる(この負荷はマルチタスクが苦手な理由でも触れた)。「せっかちな性格だから」と自分を要約する前に、その日のスケジュールと通知の量を見たほうが早い。

折り合いのつけ方

直すというより、扱いを変える話として、いくつか。

  • 待ち時間を「奪われた時間」から切り離す。行列を我慢の時間だと定義した瞬間に苦しくなる。待ちのあいだにやることを一つ決めておくだけで体感が変わる
  • 急ぐことと怒ることを分けて数える。研究上も心配が要るのは主に後者だった。速く動くのはそのままでいい
  • 速さが価値になる場所を選ぶ。判断や着手の早さは、環境によっては明確な強みになる。抑える努力より、置き場所を変えるほうが利く
  • 一つだけ、意図的に遅くする習慣を持つ。全部を遅くしようとすると失敗する。淹れる、書く、歩く。何か一つで十分だ

対極に見える「決められなさ」も、同じ選択という土俵の話だったりする。興味があれば優柔不断の研究も読んでみてほしい。

よくある質問(FAQ)

せっかちな性格は直せますか?

「せっかち」と呼ばれる中身は、待てなさ・時間切迫感・いらだちに分かれます。このうち待てなさ(遅延割引)は、Yehらの研究で認知能力とは別の因子として現れ、神経症傾向・誠実性とは相関しませんでした。意志で押さえ込む対象というより、その人の特徴として扱うほうが実態に近そうです。いっぽう時間切迫感は環境の影響を受けやすく、予定の詰め方や通知の量を変えることで動く部分があります。

「せっかちは心臓に悪い」というのは本当ですか?

タイプA行動パターン全体と冠動脈疾患の関連は、Myrtekの前向き研究のメタ分析では有意ではありませんでした。ChidaとSteptoeのメタ分析では、怒り・敵意に有意な関連(健常者でハザード比1.19)が示されています。つまり関連が見つかっているのは主に「怒りっぽさ」の側で、その大きさも小さめです。「急いでいるから寿命が縮む」という言い方は、研究の実態より強すぎます。

待つのが苦手なのは、意志が弱いからですか?

少なくとも一つの研究は、それに否定的な結果を出しています。Yehらは、遅延割引の急さは神経症傾向とも誠実性とも相関せず、認知能力とも別の因子として独立していたと報告しました。単一の研究なので確定ではありませんが、「自制心の弱さの表れ」という説明は自明ではなくなっています。

せっかちなことに、いい面はありますか?

利点を直接検証した研究は手薄で、断定はできません。待たされることへの反応の強さは着手や判断の早さと表裏になりやすい面がありますが、ここは研究の裏づけというより環境との相性の問題として考えるほうが現実的だと思います。

いらだちが強くて、人にあたってしまいます

怒りや敵意は、関連の大きさは小さいものの、メタ分析で心血管系の健康との結びつきが繰り返し報告されている領域です。自分でコントロールしきれない、対人関係や仕事に支障が出ている、身体症状を伴うといった場合は、性格の問題として一人で抱えず、心療内科や精神科、または職場の産業医・相談窓口に相談してください。厚生労働省のこころの耳にも相談先の情報があります。


エレベーターのボタンを二度押す自分を、私はもうやめさせようとしていない。押したところで何も変わらないと知りながら押す、あの数秒の滑稽さも含めて、たぶん自分のリズムなのだと思う。変えたほうがいいのは、遅い誰かに向けて舌打ちしそうになる瞬間のほうだ。