午後2時ごろ、画面の文字がゆっくり遠のいていく時間がある。会議の資料を読んでいるはずなのに、同じ行を三回なぞっている。コーヒーを淹れに立って、戻ってきて、また同じ行をなぞる。あの15分を、たぶん私は人生でかなりの回数くり返してきた。

昼寝が効くらしい、という話は何度も聞いた。だが「何分眠ればいいのか」に関しては、10分と言う人も、20分と言う人も、90分と言う人もいる。この幅の広さが気になって、出典をたどってみた。すると、研究がそろって指しているのは長さの推奨そのものではなく、どこかで効果が反転するという構造のほうだった。

まず、昼寝はどれくらい効くのか

Dutheil らが2021年に International Journal of Environmental Research and Public Health に発表したシステマティックレビューとメタ分析は、日中の短い仮眠が認知パフォーマンスに与える影響を扱っている。対象は11の比較試験(無作為化6件・非無作為化5件)、計381人(昼寝群209人・対照群188人)。仮眠時間の平均は55.4±29.4分(範囲15〜90分)だった。

結果を効果量(標準化平均差)で見ると、全体は0.18(95%信頼区間 0.09–0.27)。内訳は、覚醒度が0.29(0.10–0.48)、実行機能が0.23(0.00–0.47)、記憶が0.11(−0.01–0.24)。改善がはっきり出たのは覚醒度で、記憶は信頼区間が0をまたぎ、実行機能も下限がちょうど0.00に接していて頑健とは言えない。

測定した時点で層別した結果も出ている。改善は仮眠後30分未満(0.22、0.03–0.42)、61〜120分(0.28、0.09–0.48)、120分超(0.20、0.04–0.37)のいずれの区間でも認められた。ただし論文自身は、要旨と結論では「改善は主に仮眠後120分まで、睡眠慣性の期間については相反する結果」とまとめており、考察でも効果が主に出たのは覚醒後30〜120分だとしている。覚醒直後の30分は感度分析によって結果が動く、というのがその理由だ。

もうひとつ、13時より前に始めた仮眠のほうが、13時以降より効果が大きかったとも報告されている。ただしこの数値は論文の中で一致していない。本文のメタ回帰は0.28(0.10–0.46、p=0.003)としているのに対し、要旨には0.24(−0.07–0.34)という、信頼区間が0をまたぐ値が載っている。方向は一貫しているが、強さのほうは慎重に読んだほうがいい。

0.18という数字は、正直に言えば小さい。慣例的な目安では0.2で「小さい効果」なので、それを少し下回る。眠気がすっきり消えて別人のように働ける、という種類の変化ではない。

そして読み違えやすい点をひとつ。この0.18は平均55分という長めの仮眠を多く含む統合値であって、このあと出てくる「短い仮眠」の効果量そのものではない。長さの話は、別の研究に当たる必要がある。

もうひとつ、論文自身の但し書きが重要だ。組み入れられた研究はほぼすべて実験室で行われたもので、実際の労働環境で部分的にでも実施されたのは1件だけだった。著者らは、職場に仮眠制度を導入する前にはさらに実労働環境での研究が必要だと明記している。「メタ分析で効果が示された」の一行だけを持ち出すと、この文脈が落ちる。

5分・10分・20分・30分を、同じ人で比べた実験

長さの問題を正面から扱った研究がある。Brooks と Lack が2006年に SLEEP に発表したものだ。

デザインは反復測定で、5つの条件——仮眠なしの対照、そして正確に5分・10分・20分・30分の仮眠を、同じ参加者が経験する。参加者は24人の健康な若年成人で、よく眠れる人かつ習慣的に昼寝をしない人が選ばれている。前夜の睡眠は自宅で約5時間に制限され、翌日の午後3時に仮眠、その後3時間にわたって管理された実験室で測定が続いた。

結果はきれいに分かれた。

5分の仮眠は、仮眠なしと比べてほとんど利益を生まなかった。 短すぎたということだ。

10分の仮眠は、すべての測定指標で即座の改善を生んだ。 入眠潜時、主観的な眠気、疲労感、活力、認知パフォーマンス——そのいくつかは155分後まで維持された。

20分の仮眠では、改善は仮眠の35分後から現れ、125分後まで続いた。

そして30分の仮眠は、直後に覚醒度とパフォーマンスの低下を生んだ。論文はこれを睡眠慣性の表れだと書いている。その後は改善に転じ、155分後まで続いた。

論文の結論は、検討した長さの中では10分がもっとも効果的な午後の仮眠時間だった、というものだ。

ただし24人の単一の実験であり、「前夜を5時間に制限した翌日の午後3時」という特定の状況での結果だ。ふつうに眠れた日の昼寝にそのまま当てはまる保証はない。それでも、5分から30分までを同じ人で並べて比べた研究は多くないので、長さの議論の基準点にはなっている。

昼寝の効果——研究が支持している範囲と、反転する境目

「起きたのに、余計にだるい」には名前がついている

30分条件で起きたことは、睡眠慣性(sleep inertia)と呼ばれている。Hilditch と McHill が2019年に Nature and Science of Sleep にまとめたレビューが、この現象の現在地を整理している。

まず程度の話。このレビューは、覚醒直後の加算課題の成績が、一晩の断眠後よりも有意に悪かったという報告を紹介している。あくまで加算課題という一つの指標での比較だが、目覚めた直後の数分間には徹夜明けに匹敵する落ち込みが起こりうる、ということになる。

次に長さの話。初期の落ち込みからの立ち直りは速いが、完全な回復はもっと遅い。研究によっては覚醒後30分でほぼ元の水準に戻るとされる一方で、完全な回復は覚醒後少なくとも1時間経つまでは完了しないように見えるとレビューは書いている。より細かく追った分析では、主観的な覚醒度は覚醒後2時間まで改善が続き、加算課題の成績低下の解消には最大3.5時間かかった。

悪化させる要因も挙がっている。事前の睡眠不足があると睡眠慣性は強くなり、慢性的な睡眠制限下では覚醒直後のパフォーマンスが約10%悪化したという報告がある。体内時計の谷(深部体温が最も低くなる生物学的な夜)に近い時間帯の覚醒でも強く出る。

対策として挙がっているのは、事前の断眠を減らすこと、体内時計の谷での覚醒を避けること、そして仮眠を30分未満に抑えることだ。カフェインの扱いが面白い——短い仮眠(例えば20分)の前に摂ると睡眠慣性の症状を和らげるが、目覚めたあとに摂った場合は効き始めが遅く、最初の強い落ち込みを防げない。

私はこれを読んで、長年の敗北感が少し軽くなった。「せっかく昼寝したのに、起きたら余計にぼんやりして、結局取り返せなかった」——あれは意志の問題でも体質の問題でもなく、名前のついた現象を踏んでいただけらしい。踏まない方法があるなら、そちらを選べばいい。

日本の公的ガイドは、昼寝をどこに置いているか

厚生労働省の『健康づくりのための睡眠ガイド2023』を通して読むと、意外なことに気づく。昼寝が推奨事項として登場するのは成人版ではなく、高齢者版で、しかも「避ける」側で出てくる

高齢者版の推奨事項には、こうある。「長い昼寝は夜間の良眠を妨げるため、日中の長時間の昼寝は避け、活動的に過ごす。」

背景として引かれているのは、高齢世代では体内時計の加齢性変化から昼夜のメリハリが低下し、日中の活動量減少と昼寝時間の増加が起きるという流れだ。そのうえでガイドは、30分以上の昼寝を習慣としている人は、昼寝習慣がない人と比べて将来の死亡リスクが1.27倍に増加すると報告されている、と書いている。長い昼寝・頻回の昼寝は夜間の睡眠の質の低下と関連し、認知機能の低下リスクも増加させるという報告も紹介されている。

ここは誤読しやすい箇所なので、はっきりさせておきたい。この1.27倍は高齢世代を対象にした研究の数字であり、成人一般に、まして20〜40代の昼寝に、そのまま当てはめられるものではない。加えて観察研究に基づく関連なので、昼寝が寿命を縮めるのか、体調が悪い人ほど長く昼寝をするのかを、この数字自体は区別しない。

一方でガイドが仮眠を積極的に扱っている場所がある。交替制勤務の章だ。そこでは、0〜4時に開始する20〜50分間の仮眠は、眠気や仕事効率、疲労を改善させると報告されている、と書かれている。そして——ここが本題につながる——仮眠時間を60分と長めに設定した研究では、仮眠をとるとかえって仕事の効率が低下したという報告が紹介され、その理由を「仮眠が長すぎると眠りが深まり、覚醒後の強いぼんやり感(睡眠慣性)が生じやすいため」と説明している。対策として、コーヒーなどでカフェインを摂取してから仮眠を開始すると覚醒が容易になり睡眠慣性も生じにくい、という報告も挙がっている。

実験室のBrooks & Lack、レビューのHilditch & McHill、そして日本の公的ガイド。出発点も対象もばらばらなのに、長すぎる仮眠は逆に効率を落とすという一点で重なっている。

ここから先は、私の読み方

三つの資料を並べて納得したのは、昼寝は睡眠不足の解決策ではない、ということだった。効果量0.18は失われた睡眠を取り戻す数字ではない。その日の午後をなんとかするための小さな道具だ。夜の睡眠そのものについては「睡眠負債」は本当に返せるのかに別途まとめた。

そのうえで実務的にはこう考えている。眠るなら短く、早い時間に。 「早い時間に」は、Dutheil らが13時より前の仮眠のほうが効果的だと報告している方向に沿っている(前述のとおり、その効果量は論文の中で数値が一致していないので、強さまでは当てにしない)。「短く」のほうは、短い側の失敗(5分では足りない)が空振りで済むのに対し、長い側の失敗(30分で睡眠慣性を踏む)はそのあと1時間以上の午後を持っていかれる、という非対称性から来ている。

それから、眠れる・眠れないには個人差がある。オフィスの明かりや人の話し声のなかで15分眠れる人もいれば、環境の細部を拾ってしまってまったく眠れない人もいる。刺激とパフォーマンスの関係については最適覚醒水準という古典的な枠組みがあり、環境の細部を拾いやすい傾向は研究上感覚処理感受性と呼ばれている。眠れないなら、目を閉じて座っているだけでもいい。少なくともそれは、この記事の研究が否定していることではない。そもそも何時に眠くなるかという体内時計の個人差については朝型・夜型はどこまで生まれつきかを、気質と眠りの相性についてはHSPの睡眠の質を改善する方法を参照してほしい。

最後に、これは書いておきます。十分に眠っているはずなのに日中の強い眠気が続く、仕事や運転に支障が出る、いびきや呼吸の止まりを指摘されたことがある——そうした場合は、昼寝の工夫より先に医療機関に相談してください。 睡眠ガイドも、睡眠の不調が長く続く場合には不眠症や閉塞性睡眠時無呼吸などの睡眠障害が背景にあることがあると注意を促しています。気分の落ち込みを伴うときは、厚生労働省のこころの耳から相談窓口を探せます。

よくある質問(FAQ)

昼寝は何分がいいですか?

Brooks & Lack(2006、SLEEP)は24人の若年成人で、仮眠なし・5分・10分・20分・30分の5条件を比較しました。5分ではほとんど利益がなく、10分はすべての指標で即座の改善を生み一部は155分後まで続き、20分は35分後から125分後まで、30分は直後に睡眠慣性による低下を挟んでから改善に転じています。論文の結論は、検討した範囲では10分がもっとも効果的だった、というものです。ただし前夜の睡眠を約5時間に制限した翌日の午後3時という条件下での単一研究であり、あらゆる状況の推奨値ではありません。

30分の昼寝をしたのに、起きたら余計にだるいのはなぜですか?

睡眠慣性(sleep inertia)と呼ばれる現象です。Hilditch & McHill(2019、Nature and Science of Sleep)のレビューは、覚醒直後の加算課題の成績が一晩の断眠後より有意に悪かった報告を紹介し、完全な回復は覚醒後少なくとも1時間経つまで完了しないように見えると整理しています(同じ加算課題では成績低下の解消に最大3.5時間かかった例も挙がっています)。事前の睡眠不足や、体内時計の谷に近い時間帯の覚醒で強く出ます。対策としては、仮眠を30分未満に抑えることが挙げられています。

昼寝の前にコーヒーを飲むのは意味がありますか?

Hilditch & McHillのレビューは、短い仮眠(例えば20分)の前に摂ったカフェインは睡眠慣性の症状を和らげると報告されている、と書いています。一方、目覚めたあとに摂ったカフェインは効き始めが遅く、覚醒直後の強い落ち込みは防げません。厚生労働省の『健康づくりのための睡眠ガイド2023』も交替制勤務の章で、同様の報告を紹介しています。ただしカフェインの感受性には個人差があり、摂りすぎは健康・睡眠に悪影響を及ぼす可能性があるとも同ガイドは注意しています。

毎日昼寝をする習慣は体に悪いのですか?

『健康づくりのための睡眠ガイド2023』は、高齢者版の項目で、30分以上の昼寝を習慣としている人は昼寝習慣がない人と比べて将来の死亡リスクが1.27倍に増加すると報告されている、と記しています。ただしこれは高齢世代を対象にした観察研究に基づく関連であり、成人一般に当てはめられるものでも、因果の向きを決めるものでもありません。同ガイドの成人版には昼寝についての推奨事項自体が置かれておらず、仮眠が積極的に扱われているのは交替制勤務の文脈です。

夜勤中の仮眠はどうすればいいですか?

『健康づくりのための睡眠ガイド2023』の交替制勤務の章では、0〜4時に開始する20〜50分間の仮眠が眠気・仕事効率・疲労を改善させると報告されている一方、仮眠時間を60分と長めに設定した研究では仕事の効率がかえって低下したと紹介されています。理由は、仮眠が長すぎると眠りが深まり覚醒後の睡眠慣性が生じやすいためと説明されています。なお同ガイドは、適切に仮眠がとれるよう休養時間の確保や休養場所の整備を職場側で検討することが望まれる、とも述べています。


調べ終えて手元に残ったのは、推奨される分数ではなく、非対称性のほうだった。迷ったら短いほうへ——10分や20分という数字は、その判断のあとについてくるおまけにすぎない。

そして、効果量0.18という控えめな数字を見たあとでは、昼寝に期待しすぎていたのは私のほうだった気もしている。午後を劇的に変えてくれる15分ではなく、同じ行を三回なぞるのを二回に減らしてくれる15分。それくらいの見積もりでいるほうが、たぶん長く続く。