仕事そのものは、そこまで嫌いじゃない。なのに帰りの電車で、昼にあの人が言った一言をまだ再生している。職場の人間関係で疲れた、というのは、たぶんこういう状態のことだ。仕事量が多かった日より、会話が二、三往復多かった日のほうが、家に着いたときの残量が少ない。

この記事では「気にしすぎ」も「相手が悪い」も判定しない。代わりに、対人の消耗が統計と研究のどこに位置づけられているかを並べる。位置が分かると、自分の状態をどう扱うかの選択肢が増える。

公的統計のなかで、対人関係はどのくらいの大きさか

厚生労働省の**令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)の個人調査では、いまの仕事や職業生活で強い不安・悩み・ストレスがあると答えた労働者は68.3%**だった。

その内訳を、強いストレスがあると答えた人を100とした割合(主なもの3つ以内)で多い順に並べると、仕事の量43.2%、仕事の失敗・責任の発生等36.2%、仕事の質26.4%、対人関係(セクハラ・パワハラを含む)26.1%、会社の将来性22.2%、顧客・取引先等からのクレーム20.7%、役割・地位の変化等19.8%、雇用の安定性11.2%、その他10.8%、事故や災害の体験3.5%となる。

対人関係は4番目で、仕事の質とほぼ並んでいる。強いストレスを抱える人のおよそ4人に1人が挙げている計算だ。全労働者に対する割合に直すと、68.3%の26.1%で約18%にあたる。なお、別建てになっている「顧客・取引先等からのクレーム」(20.7%)も内容としては対人的な負荷なので、社内の関係だけが対人ストレスではない点は付け加えておく。

ちなみに、令和6年調査は前年より設問形式が変更されており、厚労省自身が数値の単純比較には留意が必要だと注記している。この注記は68.3%という見出しの数値(令和5年は82.7%)にも同じようにかかる。参考までに令和5年の対人関係は29.6%だった。

属性別も見ておきたいが、ここは読み方に注意がいる。性別では男性23.4%・女性29.2%。就業形態別では派遣労働者36.9%が最も高く、正社員26.7%、パートタイム労働者23.4%、契約社員19.6%。年齢では60歳以上36.2%と20〜29歳30.8%が高く、20歳未満15.8%が最も低い。

一見すると立場や年齢で大きな差があるように見える。ところがこれは「強いストレスがある」と答えた人のなかでの内訳なので、分母が層ごとに違う。全労働者ベースに直すと、順序も間隔も変わってしまう。

就業形態では、派遣労働者は「強いストレスあり」が54.1%なので54.1×36.9で約20%、正社員は74.6%なので約20%——内訳では10ポイント以上開いていた二つが、ほぼ並ぶ。一方でパートタイム労働者は約10%、契約社員は約14%で、こちらの差は残る。年齢では20代が約20%、30代が約19%、60歳以上が約19%、50代が約17%、40代が約16%、そして20歳未満は28.7×15.8で約4.5%。内訳では2.3倍だった開きが、換算すると4倍以上に広がる。

つまり分母をそろえると、縮む差もあれば広がる差もある。内訳の数字をそのまま層どうしの強弱として読むことはできず、どの層で対人ストレスが強く出るかを、この表だけから決めることもできない。横断調査でもあり、原因の話にも踏み込めない(なお換算値は、労働者計に「有無不明」を含むため厳密には近似である)。ここで言えるのはひとつだけだ。

職場の対人関係で消耗することは、公的統計が最初から数え上げている事象であって、あなたの感じ方が特殊だからそこに項目があるのではない。

「揉めた日」と、仕事から離れる力の関係

ここから研究に入る。回復研究には「心理的距離をとること(detachment)」という概念がある。勤務時間外に仕事のことを頭から離せているか、という状態を指す。

Wendsche と Lohmann-Haislah が Frontiers in Psychology に発表したメタ分析(2017年、86本の論文・91の独立サンプル・N=38,124)は、この距離のとりやすさが何と結びつくかを統合している。

まず結果の側。距離をとれている人ほど燃え尽きの消耗感が低く(k=23、N=7,007、r=−0.36)、疲労も低い(k=17、N=12,510、r=−0.42)。ウェルビーイング(k=16、r=0.32)、睡眠(k=18、r=0.30)も同じ向きで、身体的な不調は低い(r=−0.23)。生活満足度も0.32だが、こちらは5研究・N=1,236と少なく、予測区間が[−0.46, 0.82]と極端に広い。一方、課題遂行の成績との相関はr=0.09——有意ではあるが、ごく小さい。

では、その距離のとりやすさは何と負の相関にあったか。

仕事の負荷kN相関
量的な負荷(時間的切迫など)3316,687−0.28
社会的葛藤(いじめ等を含む)127,233−0.25
情動的負荷79,534−0.22
労働時間3010,464−0.17
役割ストレッサー95,684−0.12

ここで私が引っかかったのは、労働時間(−0.17)よりも社会的葛藤(−0.25)のほうが、仕事から心理的距離をとれない状態と強く結びついていた点だ。長く働いた日より、揉めた日のほうが夜まで引きずる——という実感に、数字の並びが近かった。

ただし、断定はできない。二つの推定は信頼区間が重なっている(労働時間 [−0.21, −0.12]、社会的葛藤 [−0.36, −0.14])。著者らは負荷の種類どうしの対比検定も行っており、負荷の種類によって相関が有意に異なること自体は示されているのだが、有意差として報告されているのは量的な負荷と労働時間・役割ストレッサーの組などで、社会的葛藤と労働時間を比べた結果は報告されていない。点推定はこの向きだが、どちらが大きいかを言い切れるデータではない。

そしてもう一点、自分の実感に都合の悪い数字も書いておく。この表で点推定が最も大きかったのは量的な負荷(−0.28)だった。ここも信頼区間は社会的葛藤と重なるので、両者の順位づけはできない(著者らが有意差を報告しているのは、量的な負荷と労働時間・役割ストレッサーの対比のほうだ)。それでも、少なくとも「仕事量より人間関係のほうが疲れる」を支持する結果ではない。

ただし、この社会的葛藤の推定は研究間のばらつきが極端に大きい(I²=95.31%)。しかも統合された研究は横断的なものが中心で、「葛藤が距離を妨げる」のか「距離をとれない人が葛藤を強く報告する」のかを、この統合から分けることはできない。95%予測区間は[−0.62, 0.20]で、ゼロをまたいでいる。つまり「次に行われる研究がどの値を出すか」まではこのデータでは絞り込めていない。方向はほぼ一貫しているが、大きさは職場や測り方でかなり動く——そう受けとるのが正確なところだと思う。

なお資源の側では、社会的支援が距離のとりやすさと正の相関を示していた(k=7、N=8,871、r=0.21)。仕事の裁量(r=0.06)よりはっきりした値だ。人間関係は消耗の源にもなるが、回復の資源としても同じ表のなかに正の相関として現れている。

対人ストレスと回復をめぐる数字

「人間関係のストレスは健康を損なう」の証拠は、どのくらい強いのか

では、対人の消耗は健康にどう効くのか。ここは慎重に扱いたい。

Theorell らが BMC Public Health に発表した系統的レビュー(2015年、高〜中高品質の59本を採用)は、職場環境の要因ごとに、その後の抑うつ症状との関連の証拠の強さを4段階で格付けしている。

段階3(中程度に強い)とされたのは3つだけだった。仕事の要求度が高く裁量が低い状態(job strain)(オッズ比1.74、95%CI 1.54–1.96)、高い裁量が保護的に働くこと(オッズ比0.73、95%CI 0.68–0.77)、そしていじめ(オッズ比2.82、95%CI 2.21–3.59。3研究・15,173人)。

一方で段階2(限定的)にとどまったのは、主なものとして心理的要求度、努力-報酬の不均衡、支援の乏しさ、不良な社会的風土、職場の公正さの欠如、葛藤、技能裁量の乏しさ、雇用不安、長い週労働時間(これは女性のみ)などだった。

つまり、同じ「人間関係」でも、いじめは証拠が強く、上司・同僚との葛藤は証拠が限定的という段差がある。これは「揉めごとは大したことがない」という意味ではない。縦断研究の数がまだ足りていない、という意味だ。ここは混ぜないほうがいい。

そして、いじめ・ハラスメントに当たる状況にいるなら、話は個人の受け止め方の調整ではなくなる。証拠の強さがはっきり違うのだから、扱いも変わってくる。

同じ職場にいて、消耗の量が違う理由

もうひとつ、個人差の側の研究を置いておく。

Vander Elst らが PLOS ONE に発表した研究(2019年、ベルギーの労働者1,019人、横断調査)は、感覚処理感受性が職場の負荷と資源の効き方を変えるかを検討した。測られた負荷は仕事量と情動的負荷である。

結果は二方向だった。感受性の高さ(興奮しやすさ・感覚閾値の低さ)は、負荷と情緒的消耗の結びつきを強めていた。同時に、感覚閾値の低さは職場の資源が援助行動に結びつく関係も強めていた。つまり、悪い環境からも良い環境からも、受け取る量が大きくなる——差次感受性(differential susceptibility)の枠組みに沿った結果だ。

ここから言えるのは、同じ職場の同じ会議に出ていても、持ち帰る量は人によって違いうるということ。横断調査の単一研究なので因果は言えないし、「あなたは敏感なタイプです」という判定をする話でもない。感受性は連続量として測られていて、線を引いてどちらかに分ける類のものではない。

この考え方の背景は感覚処理感受性に、人づきあいで消耗する量の個人差については内向性と外向性にまとめてある。

材料をどう使うか

ここから先は研究の要約ではなく、私の受け取り方だ。

三つの数字が別々のことを言っている。仕事から距離をとれていることは、消耗感(r=−0.36)や疲労(r=−0.42)と負の相関にあった社会的支援は、その距離のとりやすさと正の相関にあった(r=0.21)。そして対人関係の要因のなかでは、いじめだけが抑うつ症状との関連で証拠の段階が違う(オッズ比2.82)。

だから私は、対処を三つの層に分けて考えるようになった。第一に、揉めた日ほど帰宅後の切り替えに手間をかけること。夜に反芻している自分に気づいたら、それは意志の弱さというより、社会的葛藤と結びつきやすいと報告されている状態そのものだ。第二に、支援の線を一本でも確保すること。メタ分析で社会的支援と正の相関にあったのは「仕事から距離をとれていること」(r=0.21)で、回復そのものを直接測った数字ではない。それでも、全方位に好かれる必要はなく、話が通じる人がひとりいるかどうかで切り替えやすさが変わりうる、とは言えそうだ。第三に、いじめ・ハラスメントの領域は別枠にすること。ここは我慢の調整ではなく、記録と相談の話になる。

眠れない、朝がつらい、気分が晴れない状態が二週間以上続いているなら、対処法を試す前に相談を置いてほしい。厚生労働省のこころの耳から、産業医や相談窓口を探せる。消耗が続いている状態の輪郭は燃え尽き症候群とは何かに、耐性という言葉の中身の違いはストレス耐性とは何かに整理した。

そして、全労働者ベースに直しても、就業形態のあいだには差が残る組があった(パートタイム労働者は約10%、正社員は約20%)。対人ストレスの出方は、立場によって変わりうる。個人の工夫で吸収できる幅を超えていると感じるなら、環境そのものを選び直す検討に入っていい。情報収集の手順は内向型の転職サイト・エージェント完全ガイドにまとめてある。ここから先は完全に私の推論だが、環境からの影響を受け取る量に個人差があるのなら、環境を選ぶことの見返りにも個人差があるはずだと思っている。研究がそこまで検討しているわけではない。

よくある質問(FAQ)

職場の人間関係で疲れるのは、私が弱いからですか

公的統計は別の見方を示しています。令和6年労働安全衛生調査では、強い不安・悩み・ストレスがあると答えた労働者の26.1%が「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」を挙げており(項目としては仕事の量43.2%、仕事の失敗・責任36.2%、仕事の質26.4%に次ぐ4番目)、全労働者に対する割合ではおよそ18%にあたります。就業形態や年齢で内訳の数字は動きますが、これは「強いストレスあり」と答えた人のなかでの割合なので、層ごとに分母が違います。全労働者ベースに直すと、派遣労働者と正社員のようにほぼ並ぶ組もあれば、20歳未満(約4.5%)のように差が広がる組もあります。横断調査なので、原因を特定するものでもありません。

人間関係の疲れは、仕事から気持ちを切り離しにくくしますか

回復研究のメタ分析(86本、N=38,124)では、勤務時間外に仕事から心理的距離をとれることと、社会的葛藤との相関が−0.25でした(労働時間は−0.17、量的な負荷は−0.28)。負の相関がある、という方向は一貫しています。ただし社会的葛藤の推定は研究間のばらつきが非常に大きく(I²=95.31%、95%予測区間はゼロをまたぐ)、信頼区間も[−0.36, −0.14]と広くて労働時間や量的な負荷の区間と重なるため、社会的葛藤を他の負荷と順位づけすることはできません。なお著者らは負荷の種類どうしの対比検定も行っており、量的な負荷と労働時間・役割ストレッサーの間には有意差が報告されていますが、社会的葛藤を含む対比の結果は報告されていません。

人間関係のストレスは、うつにつながりますか

要因によって証拠の強さが違います。Theorell らの系統的レビュー(59本)では、いじめは中程度に強い証拠(オッズ比2.82)で抑うつ症状の悪化と関連づけられた一方、上司・同僚との葛藤、支援の乏しさ、不良な社会的風土は「限定的な証拠」の段階にとどまりました。限定的とは「関連がない」ではなく「縦断研究の蓄積がまだ足りない」という意味です。気分の落ち込みが続く場合は、自己判断せず医療機関や産業医に相談してください。

同じ職場なのに、自分だけ消耗している気がします

ベルギーの労働者1,019人を対象とした横断研究では、感覚処理感受性のうち「興奮しやすさ」と「感覚閾値の低さ」という成分が高い人ほど、仕事の負荷と情緒的消耗の結びつきが強くなっていました(「美的感受性」の成分では、この増幅は見られていません)。同時に、「感覚閾値の低さ」の成分では、職場の資源が援助行動に結びつく関係も強まっていました。良い環境からも悪い環境からも受け取る量が大きい、という枠組みです。単一の横断研究なので因果は示せませんし、人を二分する話でもありません。

相性の悪い人がいるだけで転職を考えるのは早すぎますか

研究からは是非を言えません。判断材料としては、同じレビューで「高い裁量が保護的に働く」証拠が中程度に強い(オッズ比0.73)とされていること、社会的支援が「仕事から心理的距離をとれていること」と正の相関にあること(r=0.21)が挙げられます。裁量と支援が両方とも乏しい職場かどうか、そこが個人の工夫で動かせる範囲かどうかを見てから決めるのが現実的だと思います。


「疲れる場面」をシーン単位で棚卸ししたものは職場で消耗する10のシーンに、言いにくいことを伝える側の話は内向型が職場で意見を言う方法にあります。仕事そのものとの相性を疑い始めているなら、「仕事が向いてない気がする」を研究で分解するもどうぞ。