パソコンを開いて、メールの件名を上から下まで三往復させて、結局ひとつも開かずにタブを閉じる。やることは分かっている。分かっているのに、指が動かない。
「やる気が出ない」と検索する人の多くは、その状態に名前をつけたいのだと思う。怠けているのか、疲れているのか、向いていないのか、それとも病気なのか。この一語で片づけると全部が同じ話に見えてしまうけれど、研究の側は「やる気」をもっと細かく割っている。何がどう割れているのかを、出典から見ていく。
まず、どれくらいの人がしんどいと答えているのか
厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、現在の仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は68.3%だった。
その内訳(主なもの3つ以内)を、強いストレスと感じる事柄があると答えた人を100として見ると、最も多いのは「仕事の量」で43.2%。次いで「仕事の失敗、責任の発生等」36.2%、「仕事の質」26.4%と続く。
ここで一つ注意が要る。令和5年調査では同じ項目が82.7%だったが、この調査は令和6年から設問の形式を一部変更している。「強い不安、悩み、ストレス」の「強い」を太字下線にして「強いストレス」と定義を明確化し、選択肢の文言にも「強い」を追記した。調査資料自身が数値の比較には留意が必要と明記しているので、「1年で14ポイント下がった」と読むのは誤りだ。
この留意は内訳のほうにも同じく掛かっている。令和5年の内訳は仕事の量39.4%・仕事の失敗、責任の発生等39.7%・仕事の質27.3%で、並べれば数字は動いて見えるけれど、設問の形式が変わり、しかも内訳の分母となる集団そのものが入れ替わっている以上、「増えた」「減った」とは読めない。
読めるのは、令和6年時点での順位だけだ。それでも、1位が「仕事の量」だという事実は示唆的だと思う。やる気の話をするとき、私たちはつい心の中身を探しがちだけれど、この調査でいちばん多く挙がっているのは量という外側の条件だった。
「やる気」は一枚岩ではない
動機づけ研究の最初の分岐は、内発的動機づけ(intrinsic motivation)と外発的なインセンティブの区別にある。前者は活動そのものが面白い・満足できるから動くこと、後者は報酬や評価といった外側の見返りで動くこと。
この二つの関係は、40年以上にわたって「報酬を与えると内発的動機づけが損なわれるのか(アンダーマイニング効果)」という論争の的だった。Cerasoli、Nicklin、Ford が2014年に Psychological Bulletin に発表したメタ分析は、その論争の上に立って、内発的動機づけ・外発的インセンティブ・パフォーマンスの相互関係を調べたものだ。
規模は、学校・職場・身体活動の各領域からk = 183、N = 212,468。ランダム効果モデルによる統合である。
内発的動機づけは、何を予測したのか
結果はこうだ。内発的動機づけはパフォーマンスの中〜強程度の予測因子だった(ρ = .21〜.45)。そしてパフォーマンスにとっての内発的動機づけの重要性は、インセンティブが提示されているかどうかにかかわらず維持された。
ただし、インセンティブの「効き方」によって内発的動機づけの予測力は変わった。報酬がパフォーマンスに直接結びついている場合には内発的動機づけの重要性は下がり、間接的に結びついている場合には重要性が上がる——論文はこれを「crowding out(押しのけ)」的な形と表現している。
「量」と「質」で、効くものが違った
もうひとつ、実務にいちばん効きそうな結果がある。メタ分析的回帰で同時に検討したところ、内発的動機づけはパフォーマンスの「質」により多くの独自の分散を説明し、インセンティブは「量」のより良い予測因子だった。
論文の結論は、パフォーマンスに関して、インセンティブと内発的動機づけは必ずしも敵対するものではなく、同時に考えるのが最善だ、というものだ。
ここから先は私の受け取り方になる。この結果を自分の状況に当てはめると、「やる気が出ない」と感じているときに落ちているのが量なのか質なのかで、話がかなり変わってくる。件数はこなせているけれど中身が雑になってきた、というときに報酬設計をいじってもたぶん効かない。逆に、質は保てているのに手数が出ないなら、締切や外的な区切りのほうが効く可能性がある。少なくともこのメタ分析は、両者を別の物差しとして扱っている。

自己決定理論が置いた、三つの欠乏
では内発的動機づけは、何によって支えられているのか。ここで自己決定理論(Self-Determination Theory)が出てくる。この理論は、自律性(autonomy)・有能感(competence)・関係性(relatedness)という三つを、心理的な成長・内在化・ウェルビーイングにとって生得的かつ不可欠な「基本的心理欲求」として概念化している。
日本語で言い直すと、自律性は「自分で選んでいる感じ」、有能感は「できている感じ」、関係性は「つながっている感じ」にあたる。
99研究のメタ分析レビューが確かめたこと
Van den Broeck、Ferris、Chang、Rosen が2016年に Journal of Management に発表したレビューは、職場における基本的心理欲求の充足について、99研究・119の異なる標本を対象にメタ分析的な検討を行った。狙いのひとつは、SDT が要求する「三つの欲求それぞれが、心理的成長・内在化・ウェルビーイングを独自に予測する」という命題を検証することだった。
結果は、おおむねこの命題を支持した。論文はこう書いている——内発的動機づけとウェルビーイングの各指標は、それぞれの欲求の充足によって独自に予測された(有能感とエンゲージメントの関係についての一つの例外を除く)。
三つのうちどれかが代表選手というわけではなく、三つとも別々に効いていた、ということだ。これは地味だが重要な結果だと思う。「裁量さえあればいい」でも「成長実感さえあればいい」でもない。
意外だったのは「関係性」の位置
論文が SDT の観点から「おそらく最も興味深い」としているのは、別のところだ。関係性の欲求の充足が、内発的動機づけと比較的強く関連していたという点である。これまでの研究では、関係性は自律性や有能感よりも遠位の役割を果たすと一般に論じられてきた——にもかかわらず、という文脈で書かれている。
人づきあいに消耗しやすい人にとっては、少し飲み込みにくい結果かもしれない。私も最初はそう思った。ただ、ここで言う関係性は「大人数と交流していること」ではなく、つながっている感覚のほうだ。職場に一人でも話が通じる相手がいるかどうか、という水準の話だと読んでいる。これは論文が定義しているわけではない、私の解釈だ。
なお「やる気」を脳内物質の一語で説明する語り口は世の中に多いけれど、ドーパミンや報酬系の研究が扱っているのは、快楽そのものというより報酬の予測と、それを求める動機づけの仕組みだ。単純な「やる気ホルモン」の話に還元できるものではない。
「やる気が出ない」と、燃え尽き・不調を分けて考える
ここは慎重に扱いたい。動機づけの枠組みで説明できる範囲と、そうでない範囲がある。
WHO は国際疾病分類 ICD-11 で、燃え尽き(burn-out)を医学的状態としてではなく、職業上の現象として位置づけている。定義は「うまく管理されなかった慢性的な職場のストレスから生じるものとして概念化される症候群」であり、三つの次元——エネルギーの枯渇・消耗の感覚、自分の仕事からの心理的な距離の増大、あるいは仕事に関する否定的・皮肉的な感情、職業的な効力感の低下——で特徴づけられる。そして WHO は、burn-out は職業的な文脈における現象を specifically に指すものであり、生活の他の領域の経験を記述するために用いるべきではない、と明記している。
一つ目の次元が「エネルギーの枯渇」であることに注目したい。「やる気が出ない」という言葉が指す状態は、動機づけの欠乏ではなく、単に燃料が尽きていることもある。この区別については燃え尽き症候群とは何かに、WHO の定義と原因の在りかをめぐる研究を整理してある。
さらにその外側がある。気分の落ち込みが2週間以上続く、眠れない、食欲が落ちた、休日も回復しない、これまで楽しめたことが楽しめない——そうした状態を伴うなら、動機づけの工夫より先に医療機関や産業医に相談してください。 うつ病をはじめとする不調は、意欲の低下を主要な症状として含みます。厚生労働省のこころの耳から相談窓口を探すことができます。ここは自己判断で切り分けようとしないほうがいい領域です。
環境の側を動かす、という選択肢
三つの欲求のうち、どれが職場で満たされにくいかは人によって違う。そして重要なのは、これらが個人の心構えではなく、環境との関係で決まるという点だ。自律性は裁量の設計に、有能感は仕事の難度と支援に、関係性は職場の人間関係に依存する。
厚労省の調査でストレスの内容の1位が「仕事の量」だったことを思い出すと、量が多すぎる環境で「内発的動機づけを高めよう」と自分に言い聞かせるのは、順序が違う気がしてくる。Cerasoli らのメタ分析が示したのは、内発的動機づけが質のパフォーマンスを予測するということであって、内発的動機づけがあれば量を吸収できるということではない。
いまの仕事そのものへの違和感が続いているなら「仕事が向いてない気がする」を研究で分解するに適合研究の整理を、働きがいと活力が別々に動くという話はワークエンゲージメントとは何かにまとめてある。環境そのものを変える側に踏み出すなら、内向型の転職サイト・エージェント完全ガイドに実務的なところを置いてある。
一つだけ付け加えると、転職は三つの欲求すべてをいっぺんに入れ替える手段でもある。効きうる分、外れたときの振れ幅も大きい。何が欠けているのかを先に見立ててから動くほうが、たぶん確率は上がる。
よくある質問(FAQ)
仕事のやる気が出ないのは、意志が弱いからですか?
研究はそういう枠組みでは扱っていません。自己決定理論では、自律性(自分で選んでいる感覚)・有能感(できている感覚)・関係性(つながっている感覚)という三つの基本的心理欲求の充足が、心理的成長やウェルビーイングに不可欠だと概念化されています。Van den Broeck ら(2016、Journal of Management、99研究・119標本のメタ分析的レビュー)では、内発的動機づけとウェルビーイングの各指標が、それぞれの欲求の充足によって独自に予測されました。これらの欲求が満たされるかどうかは、裁量の設計や仕事の難度、職場の人間関係といった環境の条件に強く依存します。意志の強弱に還元する説明を、この枠組みは採っていません。
内発的動機づけは、成果にどのくらい効くのですか?
Cerasoli、Nicklin、Ford(2014、Psychological Bulletin)が学校・職場・身体活動の各領域からk = 183、N = 212,468を統合したメタ分析では、内発的動機づけはパフォーマンスの中〜強程度の予測因子でした(ρ = .21〜.45)。この重要性は、インセンティブが提示されているかどうかにかかわらず維持されました。ただしメタ分析的回帰では、内発的動機づけはパフォーマンスの「質」により多くの独自の分散を説明し、インセンティブは「量」のより良い予測因子でした。なおこれは相関に基づく統合であり、因果の向きを決めるものではありません。
報酬を増やすと、やる気は下がってしまうのですか?
単純にそうなるとは示されていません。Cerasoli ら(2014)は、内発的動機づけの重要性はインセンティブの有無にかかわらず維持されたとしたうえで、インセンティブの結びつき方によって内発的動機づけの予測力が変わることを報告しています。報酬がパフォーマンスに直接結びついている場合は内発的動機づけの重要性が下がり、間接的に結びついている場合は上がる、という「押しのけ(crowding out)」的な形です。論文の結論は、インセンティブと内発的動機づけは必ずしも敵対するものではなく、同時に考えるのが最善だ、というものでした。
日本では、どのくらいの人が仕事にストレスを感じていますか?
厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」では、現在の仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は68.3%でした。その内訳(主なもの3つ以内、強いストレスと感じる事柄があると答えた人を100とした割合)の上位は「仕事の量」43.2%、「仕事の失敗、責任の発生等」36.2%、「仕事の質」26.4%です。なお令和5年調査の82.7%とは設問の形式が一部変更されているため、調査資料自身が数値の比較には留意が必要と注記しています。この留意は内訳にも掛かるため、全体・内訳のいずれも年次比較としては読めません。
やる気が出ないのと、燃え尽き・うつは何が違うのですか?
WHOは国際疾病分類ICD-11で、燃え尽き(burn-out)を医学的状態ではなく職業上の現象として位置づけ、「うまく管理されなかった慢性的な職場のストレスから生じるものとして概念化される症候群」と定義しています。次元はエネルギーの枯渇・消耗の感覚、仕事からの心理的距離の増大や否定的・皮肉的な感情、職業的効力感の低下の三つで、職業的文脈に限って用いるべきものとされています。一方、意欲の低下はうつ病などの不調の症状としても現れます。気分の落ち込みが続く、眠れない、食欲が落ちた、休日も回復しない、これまで楽しめたことが楽しめないといった状態があるなら、自己判断で切り分けようとせず、医療機関や産業医に相談してください。厚生労働省のこころの耳から相談窓口を探せます。
調べていて、「やる気」という日本語の粗さが気になった。
このひと言のなかには、少なくとも四つのものが混ざっている。活動そのものへの興味(内発的動機づけ)、外側の見返り(インセンティブ)、三つの心理的欲求が満たされているかどうか、そして単純なエネルギーの残量。どれが欠けていても、出てくる言葉は同じ「やる気が出ない」になる。
だから「やる気を出す方法」を探すと、たいてい自分に合わない答えに当たる。量が多すぎる人に意味づけを説き、意味を見失っている人に時間術を渡す——そういうすれ違いが起きやすい構造になっている。
先に切り分けたほうがいい。面白くないのか、報われないのか、選べないのか、できている感じがしないのか、話せる相手がいないのか、それとも単に燃料が切れているのか。私の場合、たいていは最後だった。そして最後のやつには、動機づけの工夫は一つも効かなかった。