転職サイトの登録フォームで、いつも同じ欄で止まる。希望職種。プルダウンを開いて、閉じる。いまの仕事を続けたいわけではないのに、じゃあ何をしたいのかと聞かれると、何も出てこない。
転職したいけど何がしたいかわからない——この状態はたいてい「自己分析が足りない」と診断される。ノートを開いて過去を棚卸ししましょう、と。私も何度かやった。付箋が増えて、答えは出なかった。
研究のほうを見にいくと、この行き止まりにはもう少し具体的な地図があった。順番に見ていく。
「わからない」は一種類ではない
キャリアの意思決定でつまずく理由を体系的に分類したのが、Gati、Krausz、Osipow が1996年に Journal of Counseling Psychology で示した枠組みだ。著者らの研究室が公開している解説によると、困難は3つの大きなまとまりに分かれ、その下に10のカテゴリが置かれている。
ひとつめは、意思決定の過程に入る前に生じる困難——「準備不足(Lack of Readiness)」。動機づけの不足、優柔不断さ、機能不全な思い込みの3つが入る。
ふたつめは過程のなかで生じる困難で、「情報不足(Lack of Information)」。意思決定のプロセスそのものについての情報不足、自分自身についての情報不足、職業についての情報不足、情報の集め方についての情報不足の4つに分かれる。
みっつめも過程のなかの困難で、「情報の不整合(Inconsistent Information)」。信頼できない情報、内的な葛藤、外的な葛藤の3つが入る。
自分がどこで詰まっているかで、やることが変わる
この分類のありがたいところは、「わからない」をひとかたまりにしないことだ。
職業についての情報が足りないなら、調べれば埋まる。自分についての情報が足りないなら、後述するとおり内省だけでは埋まりにくい。内的な葛藤——収入も欲しいし静かな環境も欲しい、が両立しない——なら、これは情報を足しても解けない。優先順位の問題だからだ。外的な葛藤、たとえば家族の期待と自分の希望がぶつかっているなら、扱う相手は自分ではなく関係のほうになる。
自己分析のノートが埋まらないとき、私は「自分の掘り方が足りない」と思っていた。でも詰まっていた場所は、たぶん葛藤の側だった。掘る道具で、結び目は解けない。
統計が「辞めた理由」をどう数えているか
もうひとつ、前提の置きどころを考え直す材料になるデータがある。
厚生労働省の令和6年(2024年)雇用動向調査で、転職入職者が前職を辞めた理由を見ると、「仕事の内容に興味を持てなかった」は男性4.4%、女性3.6%にとどまる。一方で「職場の人間関係が好ましくなかった」は男性9.0%・女性11.7%、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」は男性8.6%・女性12.8%、「給料等収入が少なかった」は男性10.1%・女性8.3%。年齢別に見ても、「仕事の内容に興味を持てなかった」は男性で1.0〜7.1%、女性で2.6〜4.8%の範囲にとどまり、人間関係と労働条件は多くの層でそれを上回っている。
この統計が測っていないこと
ただし、ここは慎重に読む必要がある。
まず、割合が最も大きいのは「その他の個人的理由」で男性20.2%・女性24.3%であり、その中身は公表されていない。男性ではさらに「定年・契約期間の満了」が14.1%と、上に挙げたどの項目よりも大きい。「関係と条件が主な引き金だ」と要約すると、この二つを落とすことになる。
そしてもっと重要なのは、この調査の選択肢に「やりたいことが見つかったから」に当たる項目が存在しないことだ。並んでいるのは前の職場を離れる理由——押し出される側の要因ばかりで、引き寄せられる側の要因は測られていない。「仕事の内容に興味を持てなかった」が4%前後というのも、それはいまの仕事に興味が持てなかった人の割合であって、やりたいことを見つけた人の割合ではない。
だからこの統計から言えるのは、あくまで辞めた理由として挙げられた項目の内訳までだ。「やりたいことの発見が転職の引き金になっているかどうか」については、この調査は答えを持っていない。
その上で、私が受け取ったのはこういうことになる。「やりたいことを先に見つけてから動くのが正しい順番だ」という前提を裏づけるデータも、ここには無い。少なくとも、離職の理由として国が用意した13項目のなかに、その順番は想定されていなかった。前提のほうを一度おろしてみてもいい、と思えたのはそこからだった。
内省だけで答えが出ないのは、構造の問題
では、なぜ自己分析で答えが出ないのか。心理学のレビューは、かなりはっきりした説明を持っている。
Timothy Wilson と Elizabeth Dunn が2004年に Annual Review of Psychology にまとめた自己認識のレビューは、自分を知ることが難しい理由として「心のかなりの部分が意識にアクセスできないこと」を挙げる。知覚、運動学習、パーソナリティ、態度、自尊感情に関わる処理がそこに含まれる。そして、「内省はこれらの心的過程への直接的なパイプラインにはなりえない」(原文: Introspection cannot provide a direct pipeline to these mental processes)と書いている。どれだけ内省しても、心の働きの大部分は意識的な精査が届かない、という立場だ。
ただし、レビューは「だから無駄」とは言っていない。ある種の内省は、自分についての有益な物語(personal narratives)を組み立てる助けにはなるとされる。答えを掘り出すのではなく、筋書きを作る作業だと考えると近い。
他者の目と、自分の行動
レビューが内省以外の道として挙げるのは2つ、他者の目を通して自分を見ることと、自分自身の行動を観察することだ。
前者については、興味深い所見が並んでいる。人は自分の性格特性について周囲と食い違うことが多い一方、周囲どうしの見方は一致しやすい。そして少なくともいくつかの研究では、周囲の人による評価のほうが、本人の自己評価よりもその人の行動をうまく予測したという。友人たちは、本人が意識できていない傾向から出た過去のふるまいを見ているから、というのがひとつの解釈になる。
もっともレビュー自身、これらの道にも「大きな障害が存在する」と釘を刺している。他者の見方を正確に読み取れるかどうかを疑う研究も紹介されていて、他人に聞けば答えが出るという単純な話ではない。特性そのものの捉え方についてはビッグファイブと内向性・外向性に整理してある。
興味は無関係ではない。ただし「組み合わせ」で効く
内省が当てにならないなら、好き嫌いは無視していいのか。そうではない。
Nye、Su、Rounds、Drasgow が2012年に Perspectives on Psychological Science にまとめた職業興味のメタ分析(60年以上の研究を統合)は、職業興味が仕事や学業の成果・継続と関連していたと報告している。加えて、興味の得点そのものより、興味と環境の一致度を表す指標のほうが成果との相関が強かった。
裏を返せば、効いていたのは「強い興味を持っていること」より環境との組み合わせのほうだ、とも読める。だとすれば、探すべきは「心から好きな仕事」という一点ではなく、自分の傾向と噛み合う環境の条件になる。この線でもう少し踏み込んだ整理は「仕事が向いてない気がする」を研究で分解するに、譲れない条件の枠組みとしてはキャリアアンカーの8分類にある。
決めてから動く、という順番を疑う
最後に、順番そのものを引っくり返す立場を。
Mitchell、Levin、Krumboltz が1999年に Journal of Counseling & Development で提示した「計画された偶発性(planned happenstance)」は、こう始まる。偶然は誰のキャリアでも大きな役割を果たしているのに、キャリアカウンセリングはいまだに偶然を意思決定から排除するためのプロセスだと見なされている、と。彼らの主張は逆で、予期しない出来事を避けられないものであり同時に望ましいものとして扱い、有益な偶然が起きる頻度を上げるような行動をクライアントに教えるべきだ、というものだ。
そのために挙げられているのが5つのスキルになる。好奇心(新しい学びの機会を探索する)、持続性(うまくいかなくても努力を続ける)、柔軟性(態度と状況を変える)、楽観性(新しい機会を実現可能なものとして見る)、リスクテイキング(結果が不確かでも行動する)。
念のため書いておくと、これは実践理論を提示した論文であって、5つのスキルの効果を対照群と比べて検証したものではない。論文自身、どのスキルが偶然から利益を得る人とそうでない人を分けるのかは今後の課題だと書いている。「これをやれば道が開ける」と証明されたわけではない。
それでも、この論文が置いている前提——行き先が決まらないと動けない、のではなく、動いた先で行き先が見つかることがある——は、内省の限界を扱ったレビューとよく噛み合う。自分の行動を観察することが自己認識の経路のひとつなら、観察すべき行動をまず作る必要がある。
「わからない」まま踏める、小さい手順
ここからは研究の要約ではなく、私が実際にやってみて割とよかったことになる。
ひとつめ。自己分析ノートをやめて、記録に切り替えた。 何をしたいかを問うかわりに、その週にやった仕事を並べて、終わったあと疲れていたか・軽くなっていたかだけ書く。三週間ぶんたまると、けっこうはっきり偏る。内省ではなく、自分の行動の観察に寄せた形だ。
ふたつめ。人に「私って何が向いてそう?」と聞く。これがいちばん気恥ずかしいのだが、返ってくる答えは自分の想定とだいたいずれる。ずれること自体が情報になる。
みっつめ。求人を「応募するため」ではなく「読むため」に開く。職業についての情報不足は、調べれば埋まる種類の困難だった。志望動機を先に用意しなくていい。転職サイトやエージェントの使い分けは内向型のための転職サイト・エージェント比較にまとめてあるので、情報収集の入口として使ってほしい。
なお、いまの職場のことを考えると眠れない・体調が続かないといった状態が数週間続いているなら、キャリアの言語化より先に休息と相談が要る。こころの耳(厚生労働省)には働く人向けの相談窓口がまとまっている。
よくある質問(FAQ)
やりたいことが決まらないうちに転職しても大丈夫ですか
厚生労働省の令和6年雇用動向調査では、転職入職者が前職を辞めた理由のうち「仕事の内容に興味を持てなかった」は男性4.4%・女性3.6%で、人間関係(男性9.0%・女性11.7%)や労働条件(男性8.6%・女性12.8%)、収入(男性10.1%・女性8.3%)のほうが大きい割合を占めています。ただしこの調査の選択肢は前職を離れる理由(押し出される側の要因)で構成されており、「やりたいことが見つかったから」に当たる項目はありません。最大の割合は内訳の公表されない「その他の個人的理由」(男性20.2%・女性24.3%)です。したがってこの統計は、やりたいことの発見が転職の引き金になっているかどうかについては答えを持っていません。言えるのは、「やりたいことを先に決めてから動く」という順番を裏づけるデータもここには無い、という程度までです。実際の判断では条件面の比較検討を省かないでください。
自己分析をすれば「やりたいこと」は見つかりますか
Wilson と Dunn の2004年のレビューは、知覚やパーソナリティ、態度に関わる心的過程の多くが意識にアクセスできず、内省はそこへの直接的なパイプラインにはなりえないと述べています。一方で、ある種の内省は自分についての有益な物語を組み立てる助けになるとも書かれています。自己分析が無意味なのではなく、「掘れば出てくる答えがある」という前提のほうが研究とずれている、と読むのが正確です。
自分より他人のほうが自分をわかっているのですか
同じレビューは、人が自分の性格特性について周囲と食い違うことが多い一方、周囲どうしの評価は一致しやすく、少なくとも一部の研究では周囲の評価のほうが本人の自己評価よりその人の行動をよく予測した、と紹介しています。ただしレビュー自身が、他者の見方を通じて自己認識を高める道には大きな障害があると注記しています。他人の意見が常に正しいという話ではなく、自己評価だけを唯一の情報源にしないほうがよい、という程度に受け取るのが妥当です。
好きなことを仕事にすべきでしょうか
Nye らの2012年のメタ分析では、職業興味は成果や継続と関連しており、興味の得点そのものより興味と環境の一致度を示す指標のほうが成果との相関が強いと報告されています。好きかどうかが無関係ということはありませんが、より強く結びついていたのは環境との組み合わせのほうでした。「好きなことなら環境を問わずうまくいく」とまでは言えません。
偶然に任せるという考え方は、無責任ではないですか
Mitchell らの計画された偶発性は、偶然に任せることを勧める理論ではなく、有益な偶然が起きる確率を上げる行動を意図的に取ることを勧めるものです。好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・リスクテイキングの5つのスキルが挙げられています。ただしこれは実践のための理論提示であり、5つのスキルの効果を検証した比較試験ではない点には注意が要ります。
希望職種の欄は、いまも埋められないままだ。かわりに、先月やった仕事のうちどれが軽かったかは前より言える。順番が違っただけだった、といまは思っている。答えを先に出さないと動けないのではなく、動いた記録が少しずつ答えの材料になる。プルダウンは、たぶんいちばん最後に閉じればいい。