LINEのトーク一覧を上から下まで眺めて、全部消えたらどんなに楽だろう、と思ったことがある。誰かに何かをされたわけではない。むしろ、返さなければいけない返信が三つほど溜まっているだけだ。それだけで、この一覧ごと存在しなかったことにしたくなる。

「人間関係リセット癖」という言葉が広まったのは、たぶんこの感覚に名前がついたからだと思う。連絡先を消す。アカウントを作り直す。転職や引っ越しのタイミングで、以前の関係を持ち越さない。

先に断っておくと、この言葉は診断名でも研究用語でもない。学術データベースを探しても「リセット癖」に対応する構成概念は出てこない。だから「あなたはリセット癖です」と判定する記事にはしない。代わりに、その中身に近いところを、研究がどこまで測っているかをたどってみる。

研究が測っているのは「切り方」のほう

いちばん近い研究対象は、ゴースティング(ghosting)だ。関係を終わらせる側が一切の連絡を絶ち、相手からの接触の試みを無視する、という関係解消の方略を指す。

Freedman、Powell、Le、Williams が2019年に Journal of Social and Personal Relationships に発表した2つの研究は、関係についての暗黙の信念とゴースティングの結び付きを調べている。研究1は恋愛関係を対象にした探索的研究(N = 554)、研究2はそれを追試したうえで友人関係にも広げた確認的研究(N = 747)だ。

ここで使われている枠組みが面白い。関係についての暗黙の信念には、運命信念(destiny beliefs)——相性は最初から決まっていて、合う相手かどうかは変わらない——と、成長信念(growth beliefs)——関係は努力と時間で育つ——という二つの型があるとされてきた。

結果はこうだ。運命信念が強い人ほど、ゴースティングに対して肯定的で、ゴースティングの意図が強く、実際に過去にゴースティングで関係を終わらせた経験を持っていた。成長信念が強い人は、許容度と意図について逆のパターンを示した。

ここは丁寧に線を引いておく必要がある。運命信念について言えば、許容度と意図は恋愛関係でも友人関係でも関連が見られたが、「実際に過去に使った」という行動と運命信念の結び付きが確認できたのは恋愛相手に対してのみで、友人関係では関連が見られなかった。著者らは考察で、この点をはっきり書き分けている。だからこの研究を、職場や友人をまとめて切る話にそのまま延長することはできない。

私はこれを読んで、腑に落ちるところがあった。「もう合わないと分かったから」と思って連絡を絶つとき、その判断の前提には「合う・合わないは決まっている」という信念が入っている。話し合えば変わるかもしれない、という前提を持っていれば、そもそも消すという選択肢が上位に来ない。

切りたくなるのは冷たいからではなく、関係というものの捉え方が違うからかもしれない——ここは私の読み方で、研究がそこまで言っているわけではない。研究が言っているのは、運命信念とゴースティングの許容度・意図、そして恋愛関係に限れば実際の行動とのあいだに関連がある、という一点だ。しかも横断的な相関なので、信念が行動を生むのか、切った経験が信念を作ったのか、向きは決まっていない。

愛着との関連は、あるが「きれい」ではない

次に、愛着との関係を見た研究がある。

Powell、Freedman、Williams、Le、Green が2021年に同誌に発表した多研究論文は、愛着(不安/回避)とゴースティング経験の関連を検討し、あわせて暗黙の信念の知見を追試している。研究1(N = 165)は探索的分析、研究2(N = 247)は事前登録された追試、研究3(N = 863)はさらに大きなサンプルでの事前登録追試だ。

主な結果を整理する。

  • 研究1では、恋愛相手からゴースティングされた経験がある人は、ない人より愛着不安が高かった相手をゴースティングした経験がある人は、ない人より愛着回避が高かった
  • 研究3では、ゴースティングされた人・両方を経験した人は、ゴースティングした人や未経験の人より愛着不安が有意に高かった
  • 同じ研究3で、ゴースティングした人・両方を経験した人は、未経験の人より愛着回避が有意に高かった
  • ゴースティングした人・両方を経験した人は、された人や未経験の人より運命信念が有意に高かった

3研究をまたいだ内部メタ分析が対象にしたのは愛着不安と愛着回避の2つで、著者らは3研究の総括として、愛着不安と「ゴースティングされること」、および運命信念と「恋愛相手をゴースティングすること」の関連が一貫していたと述べている。研究3の考察では、ゴースティングにおける役割が愛着不安と関連する一方、回避との関連はそれほどではない、という書き方もされている。

ここは誤読しやすいので、はっきり書いておく。「回避型の人はリセットする」という単純な図式は、このデータからは出てこない。関連はあるが、一貫して強いのはむしろ「されるほう」と愛着不安の組み合わせだった。しかも対象は主に恋愛関係で、職場や友人関係のリセットにそのまま当てはめられる保証はない。

愛着スタイルの「4タイプ」は、どこまで裏付けがあるのかでも書いたが、愛着は本来タイプではなく連続的な次元として測られる。自分を型に当てはめる材料としては、この研究群はあまり向いていない。

消したあとに、残るもの

切った側にも、何かが起きている

「リセットしてスッキリした」という語りはよく見る。ここで参照できるのが、無視・排除する側のコストを調べた研究だ。

Legate、Weinstein、Ryan が2021年に Basic and Applied Social Psychology に発表した2つの研究は、自己決定理論の枠組みで、現実の生活における「排除する側」が「される側」と同じようにコストを負うのかを検討している。

日誌研究の結果では、排除することも、排除されることも、どちらも心理的健康の悪化と関連しており、それは自律性と関係性の欲求が阻害されることを介した関連として報告されている。著者ら自身、この日誌データが相関的なものだと明記している。続く研究2では、排除することは、それが正当だと感じられる場合でさえ心理的コストを生み、排除に関わったすべての群が自律性と関係性の阻害によって消耗していた。ただしこの研究2は、実際に排除を起こさせたのではなく、条件ごとに過去の経験を想起して記述させる回想課題である(著者らも限界として挙げている)。

この研究の位置づけについて、著者らは重要な但し書きを置いている。従来の排除研究の多くは「実験者の指示に従って排除する」設定で、排除する行為と、従わされる経験とが混ざってしまう。この論文はそこを分けようとした試みだ。

そして私からの但し書きも必要だ。この研究が扱っているのは「無視・排除」であって、「関係を終わらせること」そのものではない。関係の解消とオストラシズムは重なるが同じではないし、これも「リセットすると必ず不調になる」という予言ではない。読み取れるのは、切る側が無傷である、という前提は少なくとも自明ではないという程度のことだ。

それでも私は、この結果に少し安心した。消したあとに残る後味の悪さを、意志が弱いせいだと思わずに済むからだ。

そもそも、人間関係はかなり入れ替わる

最後に、視点を大きく引く研究をひとつ。

Mollenhorst、Völker、Flap が2014年に Social Networks に発表した研究は、オランダで同じ人たちを7年の間隔で追跡し、個人的な関係がどう生まれ、どう途切れるかを調べたものだ。

結果として押さえておきたいのは、相談相手や実務的な支え手の平均的な人数は7年でわずかしか変わらないのに、その関係の中身にはかなりの変化が起きていたという点だ。研究はこの変化を、社会的文脈——職場、家族、スポーツクラブ、団体、近所といった、人と出会う機会の場——から説明している。会う機会が失われることが、関係が途切れる重要な理由になっていた。

つまり、関係が入れ替わること自体は異常ではない。人数の器はだいたい保たれたまま、中身が入れ替わっていく。転職や引っ越しで連絡が途絶えるのは、意志の問題である前に、機会の問題という側面が大きい。

もっとも、これはオランダの調査であり、日本の人間関係にそのまま重なる保証はない。それに「機会がなくなったから自然に離れた」ことと、「意図的に全部消した」ことは違う。この研究は後者を扱ってはいない。

「癖」と呼ぶ前に、私が見るようになったこと

ここから先は研究の要約ではなく、私の受け取り方になる。

四つを並べて残ったのは、「リセット癖」という一語が、性質の違う複数のものを束ねているという感触だった。合う・合わないは決まっていると考える構え。距離が近づいたときに引く動き。切ったあとに残る後味。そして、放っておいても起きる自然な入れ替わり。

このうち最後のものは、たぶん何もしなくていい。会う機会が消えたから途切れた関係を、自分の冷たさの証拠として数えるのは、単純に事実に合わない。

残りの三つについては、私は「癖」という言葉を使うのをやめた。癖と呼ぶと、直すか直さないかの二択になる。そうではなくて、消したくなった直前に何が起きていたかを一つだけ書き留めるようにしている。返信が溜まっていた。誤解されたまま説明する体力がなかった。相手が悪かったわけではないのに、期待に応える自分を演じ続けるのがしんどくなった。

書き留めてみると、消したくなる引き金は毎回同じではない。同じでないなら、それは癖ではなく、その都度の状況への反応だ。

もちろん、全部を書き留めれば解決するわけでもない。消してよかった関係も、私にはある。人間関係の消耗そのものについては「気疲れ」とは何か職場の人間関係で疲れたときで別に整理した。社交不安内向性・外向性といった用語の線引きは、用語辞典のほうにまとめてある。

なお、人との関わりを断ちたい気持ちが長く続いて生活が回らない、気分の落ち込みや不眠が伴う、といった状態なら、性格の話として抱え込まずに医療機関や公的な相談窓口に相談してほしい。ここで整理したのは現象の研究であって、つらさの評価ではない。

よくある質問(FAQ)

「人間関係リセット癖」は病気や診断名ですか

いいえ。研究用語としても診断名としても存在しません。学術的に近い対象として扱われているのは、ゴースティング(連絡を一切絶ち、相手の接触の試みを無視する関係解消の方略)や、関係の解消・愛着といった概念です。この記事もそれらを現象として整理したもので、読者を判定するものではありません。

人間関係を切りたくなるのは、回避的な性格だからですか

そう単純には言えません。3研究(N = 165 / 247 / 863)を統合した2021年の論文では、相手をゴースティングした経験がある人は未経験の人より愛着回避が高い、という関連が示されています。ただし3研究をまたいで一貫していたのは、むしろ愛着不安と「ゴースティングされること」の関連、および運命信念と「恋愛相手をゴースティングすること」の関連でした。愛着は本来タイプではなく連続的な次元で測られるものでもあり、「回避型だから切る」という図式はこのデータからは出てきません。

リセットすると、切った側もつらくなりますか

「必ずそうなる」とは言えませんが、切る側が無傷だと考える根拠も強くありません。2021年の日誌研究では、排除することも排除されることも心理的健康の悪化と関連し、自律性と関係性の欲求の阻害を介した関連として報告されています(著者らはこの日誌データが相関的であることを明記しています)。続く研究では、排除が正当だと感じられる場合でさえ心理的コストが生じていますが、これは過去の経験を想起して記述させる回想課題によるものです。ただしこれは「無視・排除」を扱った研究であり、関係を終わらせること一般を検証したものではありません。

関係が続かないのは、自分に問題があるからですか

少なくとも、関係が入れ替わること自体は珍しくありません。オランダで7年間隔の追跡を行った2014年の研究では、相談相手や実務的な支え手の平均的な人数は7年でわずかしか変わらない一方、その関係の中身にはかなりの変化が生じていました。研究は、会う機会が失われることを関係が途切れる重要な理由として挙げています。オランダのデータなので日本にそのまま当てはめることはできませんが、途切れた関係の数を自分の欠陥の証拠として数える前に、機会の側を見ておく価値はあります。

「合う人としか続かない」という考え方は問題ですか

良し悪しの話ではありませんが、行動との関連は報告されています。2つの研究(N = 554 / 747)では、関係の相性は決まっているとする運命信念が強い人ほど、ゴースティングに肯定的で、その意図が強い、という関連が恋愛関係でも友人関係でも見られました。ただし「実際に過去に用いた」という行動との関連が確認できたのは恋愛相手に対してのみで、友人関係では関連が見られていません。関係は育つとする成長信念が強い人は、許容度と意図について逆のパターンを示しています。横断的な相関なので、信念が行動を生んだのか、経験が信念を形づくったのかは決まっていません。