「天職」という言葉が、私はずっと少し苦手だった。求人サイトの見出しにも、キャリア相談の場にも出てくる。そのたびに、まだ手に入れていないものを数えさせられている気分になる。
ただ、研究の側からこの語を眺めると重心が違う。どこかに在る一つの正解を探し当てる話ではなく、人が自分の仕事とどういう関係を結んでいるかを測る話として扱われてきた。探し方の指南ではなく、扱い方の整理として研究を並べてみたい。
測られてきたのは職種ではなく「関係の持ち方」
出発点は、Amy Wrzesniewski、Clark McCauley、Paul Rozin、Barry Schwartz が1997年に Journal of Research in Personality に発表した論文だ。ここで導入されたのが、仕事との関わり方を三つに分ける枠組みである。
- Job(仕事)——金銭的な報酬と必要のためのもの。喜びや充実のためではなく、人生の主だった張り合いでもない
- Career(キャリア)——昇進と前進に焦点がある
- Calling(天職)——充実していて社会的に有用な仕事を、それ自体として楽しむ
論文が調べたのは、2つの職場で働く196人。事務職から専門職まで幅広い職種を含み、そのうえで人は自分の仕事を三つのどれかとして、はっきりと捉えていたと報告されている。
押さえておきたいのは、これが職種の分類ではないという点だ。三つの区別は、その人が仕事と結んでいる関係の側にある。同じ職名でも、関係の持ち方が違えば違う位置に立つ。
「向いてる仕事リスト」との距離
この枠組みが職種表でない以上、「天職リスト」を研究から直接引き出すことはできない。向き不向きを扱う研究は別にあり、実務的にはそちらが役立つ場面も多い(内向型に向いてる仕事がその整理だ)。ただ、それと「天職」は別の問いになる。
天職だと感じることには、代償の側面もある
「calling を感じられたほうがいい」とだけ書くのは、たぶん不誠実になる。
J. Stuart Bunderson と Jeffery A. Thompson が2009年に Administrative Science Quarterly に発表した研究は、動物園の飼育員への質的インタビューから始まり、米国とカナダの157の動物園の飼育員への調査で確かめている。
そこで描かれた calling は、拘束的であると同時に高貴でもあるものだった。天職の感覚を持つ飼育員は、仕事と職業に強く同一化し、より広い意味と重要性を見出す。その一方で、仕事を道徳的な義務と見なし、給与・私的な時間・快適さを犠牲にし、自分の勤める動物園により高い基準を求める傾向も強かった。
著者らはこれを「深く意味のある仕事は諸刃の剣になりうる」と整理している。天職の感覚は、人を支えると同時に、人を縛りもする。
圧力は、外からだけ来るわけではない
この含意を、私はけっこう重く受け取っている。「やりがいがあるならこれくらい我慢できるよね」という言葉は、外から言われるとは限らない。いちばん効くのは、自分で自分にかけるときだ。
「叶わなかった天職」を、人はどう扱っているか
いちばん現実に近いと感じたのは、Justin M. Berg、Adam M. Grant、Victoria Johnson が2010年に Organization Science に発表した研究だ。扱うのが答えられなかった天職だからだろう。
さまざまな職業の従業員31人へのインタビューをもとにした質的研究で、著者らは答えられていない天職を抱える人を二つに分けている。分ける軸は、いまの職業そのものを天職と見なしているかどうかだ。見なしていないのが missed callings(9人)、見なしたうえでさらに別の天職も抱えているのが additional callings(22人)である。
そのうえで、人がそれを追うために使っている技法として五つが挙げられている。仕事の側では、特定の業務を強調する・職務を広げる・役割の意味を捉え直す。余暇の側では、他者を通じて代理的に経験する・趣味やボランティアとして関わる。前者三つはジョブクラフティングの研究と地続きの話だ。
そして著者らは、これらの技法が楽しさと意味という心地よい状態をもたらすと同時に、逃した充実への後悔と、追い続ける難しさによるストレスをもたらすとも提案している。
これが命題(propositions)を立てるための質的研究である点は、はっきりさせておきたい。31人のインタビューから理論を組み立てたもので、「趣味で追えば満たされる」と検証したわけではない。ただ、持っていないのではなく持っているのに追えていない、という状態が研究対象として立ち上がったこと自体に、少し救われた。
日本で人が実際に仕事を辞めている理由
ここで足元の統計を見ておきたい。厚生労働省の令和6年雇用動向調査は、転職して新しい職に就いた人が前職を辞めた理由を集計している。
男性では、「その他の個人的理由」20.2%と「その他の理由(出向等を含む)」13.5%を除くと、「定年・契約期間の満了」14.1%が最も多く、次いで「給料等収入が少なかった」10.1%。女性では、「その他の個人的理由」24.3%を除くと「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」12.8%が最も多く、次いで「職場の人間関係が好ましくなかった」11.7%だった。
この調査には、天職や適職の話にいちばん近い選択肢も用意されている。「仕事の内容に興味を持てなかった」と「能力・個性・資格を生かせなかった」だ。ところがその割合は、前者が男性4.4%・女性3.6%、後者が男性3.8%・女性3.7%。二つ足しても1割に届かない。
天職の言語は、選択肢としては存在しているのに、あまり選ばれていない。人が実際に職場を離れるとき前面に出るのは、労働条件であり、収入であり、人間関係のほうだ。
もう一つ。同じ調査で転職した人の賃金は、前職と比べて「増加」40.5%、「減少」29.4%、「変わらない」28.4%。増加が減少を11.1ポイント上回っている。ただしこれは実際に転職した人のなかでの分布であって、これから動く人の期待値ではない。動ける条件が揃った人が動いている、という偏りは残る。
私が、この言葉をどう置き直したか
ここから先は研究の要約ではなく、私の受け取り方だ。
四つを並べて残ったのは、「天職」という語が二つの別々の問いをくっつけているという感触だった。一つは「いまの仕事と、自分はどういう関係にあるか」。もう一つは「その関係を、どこまで作り替えられるか」。前者は1997年の枠組みが測り、後者は2010年の研究が扱った。
探すという動詞は、そのどちらにも当てはまらない。前者は見るものだし、後者は手を動かすものだから。
とはいえ、作り替えでどうにもならない条件はある。長時間労働、合わない人間関係、低すぎる収入——公的統計で上位に並んでいたのは、まさにそれだ。役割の捉え直しでこれを飲み込もうとするのは、Bunderson と Thompson が描いた「縛り」のほうに近づく行為だと思う。環境そのものを変える選択肢の整理は、内向型の転職サイト・エージェント完全ガイドにまとめてある。
なお、天職が見つからないという悩みが、眠れない・気分が落ち込み続けるといった状態を伴うなら、キャリアの問題として抱え込まずに医療機関や公的な相談窓口に相談してほしい。ここで整理したのは仕事観の研究であって、つらさの評価ではない。
気質と仕事の相性に踏み込むなら、内向性・外向性やビッグファイブのほうが、まだ測定の効く言葉だ。天職という語は、そのあとに置いても遅くない。
よくある質問(FAQ)
「天職」は心理学の正式な概念ですか
Calling(天職)は研究で使われている構成概念のひとつです。1997年の Wrzesniewski らの論文が、仕事との関わり方を Job / Career / Calling の三つに分ける枠組みを導入しました。ただし診断名ではなく、人をこの三つに振り分けて判定する道具でもありません。
天職だと感じられる仕事に就いたほうが幸せですか
そう単純には言えません。2009年の飼育員の研究では、calling を持つ人は仕事に強く同一化し、より広い意味と重要性を見出す一方で、仕事を道徳的義務と見なし、給与・私的時間・快適さを犠牲にする傾向も強いことが報告されています。著者らはこれを「諸刃の剣」と表現しています。良い面だけを取り出すことはできません。
天職が見つからないのは、探し方が悪いからですか
研究はその問いに答えていません。むしろ2010年の質的研究は、天職を「持っていない」のではなく「持っているのに追えていない」状態を扱っています。そこでは、いまの職業を天職と見なしていない人(9人)と、見なしたうえでさらに別の天職も抱えている人(22人)が区別されました。31人のインタビューから理論を組み立てた研究であり効果の検証ではありませんが、見つからないことを努力不足に還元しない見方も研究の側にあります。
転職すれば天職に近づけますか
そこを確かめた研究は、ここで扱ったなかにはありません。参考になるのは実態です。厚生労働省の令和6年雇用動向調査で、前職を辞めた理由として最も多いのは男女とも「その他の個人的理由」(男性20.2%・女性24.3%)ですが、それを除くと男性は定年・契約期間の満了と収入の低さ、女性は労働条件と職場の人間関係が上位でした。「仕事の内容に興味を持てなかった」は男性4.4%・女性3.6%にとどまります。天職の有無より条件の改善のほうが、現実的な判断材料になりやすいとは言えそうです。
いまの仕事のまま、関係を作り替えることはできますか
2010年の研究は、人が実際に使っている技法として、業務を強調する・職務を広げる・役割の意味を捉え直す、そして余暇の側で代理的に経験する・趣味やボランティアとして関わる、の五つを挙げています。ただし同じ研究は、それらが楽しさや意味とともに後悔やストレスももたらすと提案しています。万能の解決策として示されたものではありません。