会議の数を減らしたい、と思ったことがある。
減らせば楽になるはずだった。実際に一つ抜けてみたら、その会議で拾えていた情報が入らなくなって、別のところで手戻りが増えた。楽になった感じは、たしかにあった。ただそれは一週間くらいで消えて、あとには「自分だけ流れから外れている」という妙な居心地の悪さが残った。
ジョブクラフティングという概念について調べていて、この記憶が引っかかった。3万5,670人分のデータを統合したメタ分析の中に、その居心地の悪さに対応しそうな数字が並んでいたからだ。
そもそも、誰が言い出した言葉なのか
出所ははっきりしている。Amy Wrzesniewski と Jane E. Dutton が2001年に Academy of Management Review に発表した論文が、この言葉を置いた。
彼女たちの定義は、個人が自分の仕事のタスクまたは関係の境界に加える、物理的および認知的な変更である。抽象的だが、内訳は具体的だ。タスクの境界を変えるとは、仕事の中でおこなう活動の形や数を変えること。認知的なタスク境界を変えるとは、仕事をどう見るか(バラバラの部品の集まりと見るか、一つのまとまりと見るか)を変えること。関係の境界を変えるとは、仕事をする中で誰と関わるかに裁量を働かせることを指す。
論文の中心にあるのは、病院の清掃員の観察だ。同じ職務記述書を渡されているのに、清掃員たちは二つの群にはっきり分かれていた。片方は清掃という仕事自体を好まず、必要な技能を低く見積もっていた。もう片方は、正式な職務には含まれない活動や関わりを自分から増やしていた。患者や訪問者への気配りを仕事に組み込み、看護師や事務職員の仕事が円滑に進むよう動く。後者は自分の仕事の意味を「部屋を掃除すること」に閉じず、治すことに関わる仕事として語っていた。
なぜそんなことをするのか。論文は動機を三つ挙げる。仕事から疎外されないよう、ある程度の統制を握ること。仕事の中で肯定的な自己像を作ること。そして他者とのつながりという基本的な欲求を満たすこと。
そのうえで論文が置いた条件が、私には一番効いた。動機があっても、クラフティングの機会が知覚されているときのほうが、行動に結びつきやすい。機会の知覚は、動機と行動の関係を調整する要因として置かれている。そしてその知覚を左右するのは、タスク相互依存性の水準と形、そして監視の仕組みが許す裁量の度合いだという。つまりこれは、根性の話ではなく設計の話でもある。
3万5,670人分のデータは、何を示したか
概念が広まると、測れる形に整理される。Tims と Bakker が2010年に置いた理論に基づいて、Tims ら(2012)はジョブクラフティングを四つの下位行動として測定できる形にした。挑戦的な仕事の要求を増やす(責任を引き受ける、特別なプロジェクトに手を挙げる)、妨害的な仕事の要求を減らす(業務量や仕事と家庭の葛藤など、身体的・認知的・情緒的な負荷を最小化する)、構造的な仕事の資源を増やす(自律性やスキルの幅など、仕事の動機づけ的な特徴を高める)、社会的な仕事の資源を増やす(上司や同僚にフィードバック・助言・支援を求める)。
Rudolph らが2017年に Journal of Vocational Behavior に発表したメタ分析は、この枠組みで122の独立標本・累積3万5,670人のデータを統合した。
全体としてのジョブクラフティングと結びつきが強かったのは、プロアクティブなパーソナリティ(rc = .543)、促進焦点(rc = .509)、そしてワークエンゲージメント(rc = .450)だった。
面白いのは、下位行動ごとに数字がかなり違うことだ。エンゲージメントとの相関がいちばん高いのは構造的資源を増やす行動(rc = .591、32標本・1万2,814人)で、次が挑戦的要求を増やす行動(rc = .454)、社会的資源を増やす行動(rc = .352)と続く。文脈的パフォーマンスでも構造的資源が .506 と最も高い。他者評価のパフォーマンスに限れば、挑戦的要求を増やす行動が .422 で先頭に立つ。
そして四つ目が、他と揃わなかった。
「減らす」だけが、逆を向いている
妨害的な要求を減らす行動の数字を並べると、符号が反転する。
エンゲージメントとは rc = −.090、職務満足とは rc = −.124。ジョブストレインとは rc = +.150 で、高いほどストレインも高い。離職意向とは rc = +.235。文脈的パフォーマンスとは rc = −.161。他の三つがどれも「良い方向」と正の相関を示す中で、これだけが逆を向いている。
さらに論文は、四つの次元を一つの潜在因子に載せた確認的因子分析をおこなっている。1因子モデルの適合そのものは許容できる水準だったが、妨害的要求を減らす次元だけ、潜在因子への標準化因子負荷量が低かった。四つを足し合わせて「ジョブクラフティング得点」にすることには慎重であるべきだ、と論文自身が但し書きを置く。相対重みの分析では、離職意向の説明分散(R² = 6%)のうち 69.57% をこの次元が占め、ジョブストレイン(R² = 3%)でも 42.05% を占めていた。
ここは因果を読み込みたくなるところだが、論文は明確に線を引いている。非実験的な研究は因果関係を示せない、と断ったうえで、含まれる研究はすべて相関研究であり、一部の多波パネル・日誌研究を除けば横断デザインか自己報告に依っている。加えて、妨害的要求を減らす行動と離職意向・ストレインの関係を調べた研究は相対的に少なく、因果の方向は不明だと明記されている。
だから「負荷を減らすと悪化する」とは読めない。論文自身は、この次元が仕事からの離脱(withdrawal)行動を反映しているという議論を、今回の結果が補強すると述べている。私はもう少し手前で、順序が逆——もう限界に近い人ほど、減らす方向のクラフティングに手を伸ばす——である可能性のほうが自然に思える。どちらの読みも、このデータからは決められない。
個人差の数字は、この曖昧さの中でも示唆的だ。神経症傾向が高い人は、妨害的要求を減らす行動が多く(rc = .155)、構造的資源を増やす行動はやや少なかった(rc = −.132)。ただしジョブクラフティング全体とは統計的に意味のある関連が見られていない(rc = −.021、95%信頼区間 −.062〜.019)。全体として見れば、不安になりやすさとジョブクラフティングの多寡は結びついていない。違うのは、手が伸びる方向のほうだ。

訓練したら、伸びるのか
相関の話が続いたので、介入の話も見ておきたい。
Oprea らが2019年に European Journal of Work and Organizational Psychology に発表したメタ分析は、ジョブクラフティングを促す介入プログラムの効果を検証した14件の研究を統合したものだ。ランダム効果モデルで統計的に有意だったのは、全体としてのジョブクラフティング(g = 0.26、95%CI [0.11, 0.40])、挑戦を求める行動(g = 0.19、[0.05, 0.33])、要求を減らす行動(g = 0.44、[0.19, 0.69])、ワークエンゲージメント(g = 0.31、[0.14, 0.50])、文脈的パフォーマンス(g = 0.39、[0.01, 0.78])だった。
つまり、訓練したときに効果量がいちばん大きく出たのは「減らす」行動だった。Rudolph らのメタ分析で他と逆を向いていた、まさにその次元だ。ただし挑戦を求める行動(0.19)との信頼区間は重なっているので、順位そのものを重く受け取る数字ではない。
矛盾しているように見えるが、測っているものが違う。Oprea らの数字は「その行動がどれだけ増えたか」であって、「増えたぶんだけ良くなったか」ではない。実際、パフォーマンスへの効果はワークエンゲージメントの増加によって完全に説明されたと論文は述べている。タスクパフォーマンスの向上が報告されたのは医療従事者に限られ、エンゲージメントを押し上げたのは、組織の目標と個人の目標の両方を含む計画を立てた介入だった。
自分の目標だけでもなく、会社の都合だけでもなく、両方。ここは、しんどい時ほど忘れる条件だと思う。冒頭の私の会議の話は、たぶんこれを外していた。減らすことだけを決めて、そのぶん何を増やすかを決めていなかった。
静かな人にとっての、現実的な入口
ここから先は研究の要約ではなく、私の受け取り方だ。
ジョブクラフティングという言葉は、放っておくと「積極的に手を挙げる人の技術」に聞こえる。実際、ビッグファイブとの相関を見ると外向性は全体で rc = .224 と正の関連がある。ただし内訳を見ると、外向性がいちばん強く結びついていたのは社会的資源を増やす行動(rc = .176)ではなく、挑戦的要求を増やす行動(rc = .302)だった。人に声をかける量の話とは、少しずれている。開放性は構造的資源を増やす行動と rc = .352、協調性も同じ次元で rc = .404 と、静かな人にも縁のある特性のほうが高く出ている次元がある。
そして、エンゲージメントと、自己評価パフォーマンス(rc = .400)・文脈的パフォーマンス(rc = .506)で最も強く結びついていたのは、その構造的資源を増やす行動だった。自律性や技能の幅を確保する側の動きだ。自律性そのものとの相関も、この次元がいちばん高い(rc = .456、全体では .279)。飲み会に出る回数を増やすことではなく、仕事の進め方の裁量を一段だけ広げること。人づきあいに消耗しやすい人にとって、ここが現実的な入口になりうる。内向性と外向性の枠組みで言えば、外向性が有利なのは挑戦を取りに行く場面であって、境界の引き直しそのものではない。
ただし、Wrzesniewski らが置いた条件を忘れたくない。機会の知覚がなければ、動機だけでは行動にならない。そして機会を規定するのは、タスク相互依存性と監視の仕組み——つまり職場の設計だ。厚生労働省の『令和5年 労働安全衛生調査』では、現在の仕事や職業生活に強い不安・悩み・ストレスを感じる事柄がある労働者は82.7%(令和4年調査82.2%)。その事柄がある人を分母にすると、内容の上位は「仕事の失敗、責任の発生等」39.7%、「仕事の量」39.4%、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」29.6% だった。裁量を一段広げる余地すらない職場は、実在する。
そこで踏ん張り続けることが唯一の誠実さだとは、私は思わない。仕事そのものへの違和感が続いているなら「仕事が向いてない気がする」を研究で分解するを、環境ごと変える側に寄るなら内向型の転職サイト・エージェント完全ガイドに、実務的なところをまとめてある。
なお、眠れない・食欲が落ちた・休日も回復しないといった状態が続いているなら、働き方の工夫より先に医療機関や産業医に相談してください。厚生労働省のこころの耳から相談窓口を探せます。
よくある質問(FAQ)
ジョブクラフティングとは何ですか?
Wrzesniewski と Dutton が2001年に Academy of Management Review で示した定義では、個人が自分の仕事のタスクまたは関係の境界に加える、物理的および認知的な変更を指します。具体的には、仕事の中でおこなう活動の形や数を変えること(タスクの境界)、仕事をどう見るかを変えること(認知的なタスクの境界)、誰と関わるかに裁量を働かせること(関係の境界)の三つです。組織が上から設計し直すのではなく、働く人が下から作り変える点が特徴とされています。
ジョブクラフティングにはどんな種類がありますか?
Tims と Bakker(2010)の理論に基づいて Tims ら(2012)が示した測定モデルでは四つに分かれ、Rudolph ら(2017)のメタ分析もこれを採用しています。挑戦的な仕事の要求を増やす(責任や特別なプロジェクトを引き受ける)、妨害的な仕事の要求を減らす(業務量や仕事と家庭の葛藤などの負荷を最小化する)、構造的な仕事の資源を増やす(自律性やスキルの幅を高める)、社会的な仕事の資源を増やす(上司や同僚に助言・支援・フィードバックを求める)の四つです。
ジョブクラフティングをすると、仕事の満足度は上がりますか?
Rudolph ら(2017、122標本・3万5,670人)のメタ分析では、全体としてのジョブクラフティングと職務満足の相関は rc = .288、ワークエンゲージメントとは rc = .450 でした。ただし下位行動によって差が大きく、構造的資源を増やす行動はエンゲージメントと rc = .591 と強い一方、妨害的要求を減らす行動は rc = −.090 と符号が逆になります。これらはすべて相関であり、因果を示すものではありません。含まれる研究の大半は横断デザインまたは自己報告です。
仕事の負担を減らすのは、ジョブクラフティングとしてよくないのですか?
「よくない」とは言えません。Rudolph らのメタ分析では、妨害的要求を減らす行動が離職意向(rc = .235)やジョブストレイン(rc = .150)と正の相関を示し、四次元を一つの因子に載せた分析でもこの次元の因子負荷量は低く出ました。ただし論文自身が、この関係を調べた研究は相対的に少なく、因果の方向は不明だと明記しています。限界に近い人ほど減らす方向に動く、という逆向きの順序も否定できません。負担軽減が必要な状況は実際にあります。
ジョブクラフティングの研修には効果がありますか?
Oprea ら(2019)が14件の研究を統合したメタ分析では、介入によって全体としてのジョブクラフティング(g = 0.26)、挑戦を求める行動(g = 0.19)、要求を減らす行動(g = 0.44)、ワークエンゲージメント(g = 0.31)、文脈的パフォーマンス(g = 0.39)が有意に増加しました。ただしパフォーマンスへの効果はエンゲージメントの増加で完全に説明され、タスクパフォーマンスの向上が報告されたのは医療従事者に限られています。エンゲージメントを高めたのは、組織の目標と個人の目標の両方を含む計画を立てた介入でした。
調べ終えて残ったのは、「減らす」という動作の扱いにくさだった。
減らすこと自体が悪いはずはない。休むことも、断ることも、必要なときは必要だ。ただ、データの並びを見ていると、減らす動作は他の三つとは別の回路で動いているように見える。他の三つが「仕事のほうを自分に寄せる」動きだとすれば、減らすのは「自分と仕事の距離を取る」動きに近い。距離を取ることは、寄せることの一部ではない。
病院の清掃員の話に戻る。消極的な群は、必要最小限のタスクと、できるだけ少ない人との関わりに仕事を収めていた。もう一方の群は、同じ職務記述書のまま、患者への気配りと他職種との連携を足していた。仕事は増えていたはずだ。それでも彼らのほうが、自分を「部屋を掃除する人」ではないところへ動かしていた。
引き算だけで軽くなる場面と、足し算でしか変えられない場面がある。その見分けが、たぶんいちばん難しい。