自己肯定感が低い原因を検索すると、読むほど過去が確定していく。褒められなかったから。比べられて育ったから。あの一言があったから。どれもありそうな話で、しかも反証しようがない。ひととおり読み終えた私に残ったのは納得ではなく、「もう手遅れらしい」という妙な諦めだった。
それで原典のほうを読みにいった。結論を先に書くと、原因はまだ確定していない。ただ「分かっていない」で終わる話でもなくて、どこまでが測れていて、どこからが言い過ぎなのかは、意外なほどはっきりしている。
まず、日本の数字は本当に低い
こども家庭庁が令和5年度に実施した「我が国と諸外国のこどもと若者の意識に関する調査」で、13〜29歳に「私は、自分自身に満足している」と尋ねた結果がある。『そう思う』と『どちらかといえばそう思う』を合わせた割合は、日本が57.4%。同じ質問で、アメリカ73.2%、ドイツ73.9%、フランス75.6%、スウェーデン72.3%だった。
低い。ただし同じ調査は、日本の数値が平成30年度調査より12.3ポイント高くなっていることも報告している。5年で12ポイントというのは、遺伝子や性格が5年で書き換わったと考えるより、測っている対象のほうが動いたと考えるほうが自然な幅だ。
ここから先は私の注記になるが、国が違えば同じ質問に対する答え方の習慣も違うし、この調査は各国とも原則1,000サンプルの調査パネルを使ったWEB調査で、無作為抽出の標本ではない。57.4と73.2の差が、そのまま心の状態の差なのかは、この調査ひとつでは決まらない。ただ少なくとも、あなたひとりが低いのではなく、分布ごと低い場所にいるとは言える。それは個人の欠陥の話ではない。
遺伝か、育ちか——推定はおよそ40%
自己肯定感(研究の用語では自尊感情/self-esteem)の発達については、Ulrich Orth と Richard Robins が2019年の Handbook of Personality Development に書いた総説がよくまとまっている。
この章によれば、行動遺伝学の研究は遺伝要因と環境要因の両方が自尊感情に影響することを示しており、ただし環境要因のほうが分散をより多く説明する。そのうえで、自尊感情の遺伝率はおよそ40%と推定されている(双生児研究など複数の研究にもとづく)。そして章は、それに続けてこう釘を刺している。「人生の早い時期に自尊感情がどう立ち上がるのか、その具体的な機序についての証拠は、いまのところほとんどない」。40%という数字は「遺伝がここまで解明した」ではなく、「残りの機序がまだ分かっていない」の裏返しでもある。
もうひとつ、章が挙げる数字が効いてくる。順位の安定性——ある時点で相対的に高かった人が、後の時点でも高いままか——は、測定誤差を補正して**.64と推定されている(Trzesniewski らのメタ分析および複数の大規模標本)。これは基本的なパーソナリティ特性と同程度**の安定性だという。用語の整理はビッグファイブにまとめてある。
40%を、自分の内訳として読まない
念のため書いておくと、遺伝率40%は「あなたの自己肯定感の4割が遺伝でできている」という意味ではない。集団の中のばらつきのうち、どれくらいが遺伝的な差で説明できるかの推定であって、個人の内訳ではない。ここを取り違えると、数字がそのまま「生まれつきだから仕方ない」の免罪符になってしまう。
家庭環境で、効いていたもの・効いていなかったもの
では育ちのほうはどうか。Krauss・Orth・Robins が2020年に Journal of Personality and Social Psychology に出した縦断研究が、この問いに正面から当たっている。
対象は米国カリフォルニアに住むメキシコ系の674家族。子どもが10歳から16歳になるまで、2年間隔で4回、母親・父親・子どもの3者から回答を取り、回答の癖が結果を歪めにくい形で家庭環境を測っている。そのうえで交差遅延モデルで「先に家庭環境、後に自尊感情」の向きを検証した。
結果はこうだった。
- 後の自尊感情を正の方向に予測したのは、親の温かさ、親の見守り(monitoring)、父親が同居していること。標準化推定値は .07〜.15
- 負の方向に予測したのは、母親の抑うつと、家庭の経済的困難。−.06〜−.09
- 有意な予測力を示さなかったのは、親の敵対性、親の教育への関与、両親の関係の質、家族の価値観、父親の抑うつ
経済的困難のマイナス効果は、親の温かさと見守りを部分的に経由していた(ただし間接効果は小さい)。逆向きに、子どもの自尊感情が親の家族観を押し上げる関係も見つかっている。
そして著者たち自身が、限界をかなり率直に書いている。非実験デザインなので因果は言えないこと、遺伝的要因のような第三の変数で交絡している可能性、対象がメキシコ系家族に限られること、そしてこの標本は比較的葛藤が少なかったため敵対性の負の効果が床効果で抑えられた可能性。
「親のせい」に着地しないほうがいい理由
.07〜.15という数字は、統計的には確かにあるが、人生の説明としては小さい。私がこの論文を読んで一番手放したのは、原因を家庭に一点集中させる読み方のほうだった。
もちろん、つらかった記憶が無効になるわけではない。ただ「あれのせいでこうなった」と一本の線で結ぶと、線の反対側——今からどう動くか——まで一緒に固定されてしまう。研究が示しているのは、温かさや見守りが効いていたという事実であって、それが不足していた人の現在が決まっているという話ではない。愛着の型で人を分類することの限界については愛着スタイルの「4タイプ」は、どこまで裏付けがあるのかで別途整理した。
低いから落ち込むのか、落ち込むから低いのか
原因を考えるとき、いちばん厄介なのが気分との前後関係だ。ここには質の高いメタ分析がある。
Sowislo と Orth が2013年に Psychological Bulletin に出した研究は、縦断データを対象に、抑うつについて77研究、不安について18研究を統合した。先行水準を統制したうえで、どちらがどちらを予測するかを比べている。
抑うつでは、自尊感情→抑うつ(β = −.16)のほうが、抑うつ→自尊感情(β = −.08)より有意に強かった。著者たちはこれを、低い自尊感情がうつに寄与するという「脆弱性モデル」の支持と読んでいる。一方、不安では自尊感情→不安が −.10、不安→自尊感情が −.08 と、ほぼ拮抗していた。うつと不安で構図が違う、というのがこの研究の芯だと思う。
さらにモデレータ分析では、抑うつへの効果は性別・年齢・使った尺度・測定間隔によって有意には変わらなかった。ただし論文の結論は慎重で、「もし将来の研究がこの脆弱性効果の因果性を支持するなら、自尊感情を高める介入がうつのリスク低減に有用かもしれない」という条件つきの言い方になっている。因果が確定したとは書いていない。
なお、気分の落ち込みや不安が数週間続いて生活に支障が出ているなら、原因の自己分析より先に医療機関やこころの耳(厚生労働省)などの相談窓口に相談してほしい。ここで挙げた研究は、自分を診断するための道具ではない。社交不安のような臨床的な状態は、自己肯定感の高低とは別の枠組みで扱われる。
年齢とともに、普通に動く
最後に、いちばん救われた知見を。
Orth と Robins の章は、青年期あるいは成人期初期から老年期までを追った3つの縦断研究がそろって逆U字の軌跡を示したと整理している。自尊感情は青年期から中年期にかけて上がり、おおよそ50〜60歳でピークを迎え、老年期に下がる。青年期から中年期への上昇は効果量 d で 0.30〜0.50、中年期以降の低下は −0.20〜−0.70(こちらは研究間のばらつきが大きい)。
さらに、「子ども時代に自尊感情は下がる」という広く知られた説について、章が引くメタ分析は支持を見つけていない。むしろ就学前から児童期にかけてわずかに上がり、思春期前半〜中盤は横ばい(下がりはしない)で、15歳あたりから再び上昇に転じる、という平均像だったという。性別による違いもなかった。
何が動かすのかについても、章は候補を吟味している。社会的な包摂——他者から受け入れられ価値を認められること——が自尊感情の上昇につながることを示す縦断研究、恋愛関係の開始が自尊感情を動かすことを傾向スコアマッチングで検討した研究、そして重い事故や慢性疾患、犯罪被害といったストレスの大きい出来事が自尊感情を下げることを示す縦断研究。
意外だったのは、支持されなかった側だ。収入・学歴・職業的威信は自尊感情の高さと相関するが、先行水準を統制して変化を予測させると、収入も職業的威信も自尊感情の変化を予測しなかった。章は「入手可能な証拠は、社会経済的地位が自尊感情に因果的な効果を持つことを示唆しない」と書いている。仕事の成功についても同様で、職務満足や雇用形態・役職といった指標の効果は小さく、ほとんどが有意でなかった。人と比べることで下がる側の話は人と比べてしまうのはなぜかにまとめた。
原因を突き止めるより、条件を変えるほうが早い
ここから先は研究の要約ではなく、私の受け取り方になる。
自己肯定感が低い原因は、たぶん一本には決まらない。40%の遺伝的な推定値があり、家庭環境の小さな効果があり、いま置かれている関係と経済状況があり、そのうえに年齢という緩やかな流れがある。どれかを犯人にすると、他が見えなくなる。
そして原因の特定は、変化の条件とはあまり関係がない。関係が変われば動き、大きな出来事があれば動き、10年20年のスパンでも動く。それが縦断研究の側から見える景色だった。収入や役職が上がっても動かなかった、というのも含めて。原因が分からないまま良くなることは、普通に起きる。
私自身、20代の頃は自分に点をつける癖がひどかった。それが薄れたのは、原因を突き止めたからではなくて、点をつけなくていい相手と時間が増えたからだと思っている。実践的な工夫は内向型の自己肯定感が低い原因と高め方のほうに寄せてある。
よくある質問(FAQ)
自己肯定感が低いのは親の育て方のせいですか
Krauss らの2020年の縦断研究では、親の温かさ・見守り・父親の同居が後の自尊感情を正に予測し(標準化推定値 .07〜.15)、母親の抑うつと経済的困難が負に予測しました(−.06〜−.09)。一方で親の敵対性・教育への関与・両親の関係の質は有意な予測力を示していません。効果は統計的には確認できても大きくはなく、著者自身が非実験デザインのため因果は言えず遺伝的要因で交絡している可能性があると明記しています。「親の育て方だけで決まる」と読める結果ではありません。
自己肯定感は遺伝で決まっているのですか
Orth と Robins の2019年の総説は、自尊感情の遺伝率をおよそ40%と紹介したうえで、人生の早期にどう立ち上がるかの具体的な機序についての証拠はほとんどないと書いています。遺伝率は集団内のばらつきの説明であって、個人の内訳ではありません。また同じ章は、自尊感情が生涯にわたって逆U字に変化することも示しています。生まれつき固定という読み方は、この推定値が言っていることを超えています。
自己肯定感が低いとうつになりやすいのですか
Sowislo と Orth の2013年のメタ分析(抑うつ77研究)では、自尊感情から抑うつへの効果(β = −.16)のほうが、抑うつから自尊感情への効果(β = −.08)より有意に強く、脆弱性モデルが支持されました。ただし著者たちは因果性が確定したとはせず、「今後の研究が因果性を支持するなら介入が有用かもしれない」という条件つきの結論にとどめています。不安については両方向がほぼ拮抗していました。落ち込みが続くときは自己判断より先に医療機関やこころの耳へ相談してください。
日本人はやはり自己肯定感が低いのでしょうか
こども家庭庁の令和5年度調査では、「私は、自分自身に満足している」に肯定的に答えた13〜29歳の割合は日本57.4%、アメリカ73.2%、ドイツ73.9%、フランス75.6%、スウェーデン72.3%でした。日本の数値は他国より低い一方、平成30年度調査からは12.3ポイント上昇しています。国をまたいだ回答の傾向差をこの調査だけで切り分けることはできませんが、少なくとも固定した国民性というより動く数字として扱うのが正確です。
大人になってから自己肯定感は上がりますか
Orth と Robins の総説が整理した3つの縦断研究は、自尊感情が青年期から中年期にかけて上昇し、おおよそ50〜60歳でピークに達するという逆U字の軌跡を示しています。上昇分の効果量は d で 0.30〜0.50 でした。あわせて章は、社会的に受け入れられる経験や恋愛関係の開始が自尊感情を押し上げることを示す縦断研究を紹介しています。年齢とともに自動的に上がると約束するものではありませんが、成人期に動かないという前提は研究と合いません。
原因が知りたいのは、たぶん本当は「もう変わらないのか」を知りたいからだ。少なくともその問いには、縦断研究がわりとはっきり答えている。順位は変わりにくいが、水準は動く。50代でピークが来るという話を初めて読んだとき、私は少し笑ってしまった。まだそんなに先の話なのか、と思ったのと、まだそんなに先まであるのか、と思ったのが、ほぼ同時だった。